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第36回 1−1 燃料ガスと産業ガス(fuel gases and industrial gases)
 2017/12/26
      

ガス
 ガス(gas)とは、文字通りであれば「気体」を表わす言葉(英語やドイツ語)であり、物質の状態を表わす用語である。しかし、社会一般では、燃料を意味する言葉として使用されることが多い。
  「ガス」といえば、「ガソリン(gasoline)」あるいは「燃料ガス(fuel gases)」のことを指す。
   ガス欠のガスは「ガソリン」、ガスタンクと言えば「都市ガスのタンク」、ガス抜きとは、石炭鉱などの「炭層メタン」を抜くことである。場合によってはガソリンではないない燃料(軽油や重油)でもタンクが空になって、燃料切れになればガス欠と言うこともある。
  いずれも「ガス=気体」に由来するが、日常生活の中では、「可燃性で揮発性の液体」または「可燃性の気体」あるいは「燃料」である。空気のことをガスと呼ぶ人はほとんどいない。
都市ガス
    「ガス」は、近代の文明に生活に欠かせないものであり、古くから石炭などから作られる「合成ガス(syngas)」や「コークス炉ガス(coke oven gas、COG)」が生活の中に利用されてきた。はじめは、主に照明に用いられ、やがて暖房や動力にも用いられるようになった。
  電力網が発達し、白熱電球や蛍光灯が普及してきたため、ガスは照明に用いられることはなくなったが、燃料用ガスは非常に広く使用されて、重要な社会インフラになっている。
  近年は、合成ガスだけでなく、地下資源である「天然ガス(natural gas)」の利用が増えている。石炭ガスには、毒性の強い一酸化炭素が含まれるが天然ガスには含まれておらず、一般家庭での安全な使用が考慮され、現在の国内の民生用のパイピングガスはほぼ全て天然ガスに切り替えられている。
  日本では、わずかしが天然ガスが採掘されないため、ほとんどの天然ガスは、産ガス国から液化天然ガス(LNG)として輸入されており、タンカーで輸送されたLNGは国内でを気化、再ガス化され、「都市ガス」(town gas、 city gas)あるいは、直接、「天然ガス火力発電所」の燃料として大量に消費されている。(天然ガスではなく都市ガスを用いる「都市ガス火力発電所」もある)
LPG
    また、液体での輸送や保管が比較的容易な「液化石油ガス(liquefied petroleum gas、通称LPG)」も広く利用されている。LPGは流通の過程では液体であるが、利用時のガス化が容易であり、都市ガスが普及していない地域などでは、非常に重要な燃料ガスとなっている。社会インフラとして重要であるため、原油ほど大量ではないが、国家事業としての備蓄が行われている。
 なお、実際に流通している「LPG」のうち、約半分が油田由来の液化石油ガスLPGであるが、残り半分は天然ガス田由来の「NGL(natural gas liquid)、天然ガス液」、いわゆるウェットガスのコンデンセート成分である。したがって、流通している「LPG」は「LPG」「NGL」を合わせた液化ガスの総称ということになる。
  また、生活に密着した名称に「プロパンガス」という呼び方がある。LPGには、プロパンを主要成分とする製品とブタンを主成分とする製品があるため、プロパンという呼び方は正しくない。自動車用燃料の場合は「オートガス」と呼ばれ、地域と季節によってプロパンとブタンの混合比が異なっている。
  LPGは、石油製品(ガソリンや軽油)より揮発性は高く(気化しやすく)、天然ガス(主成分メタン)よりは液化が容易(可搬性が有利)である。
ガソリン
    一方、内燃機関に使用される石油燃料(petroleum)のうち、最も普及しているオットー・サイクル用燃料を、英語では「ペトロール(petrol)」、米語では「ガソリン(gasoline)」と呼び、日本語は「揮発油」と呼ぶ。
  日本では米語の「ガソリン」の名称が普及している。この燃料を用いるオットー・サイクルやバンケル・サイクルなどのレシプロ式内燃機関を「ガソリン・エンジン」と呼ぶ。
 ガソリンは、標準沸点が30220℃の成分を含む混合液体であるが、揮発性が高いという意味から、「ガス」に由来してガソリンという言葉が作られている。そのため、通常のガソリンは液体であるにも関わらず、単に「ガス」とも呼ばれ、言葉としては少々ややこしいことになっている。
    米語では、自動車用燃料の給油所はガス・ステーション(GS)である。
  日本では、LPG(液化石油ガス)自動車用の補給所(オート・ガス供給所)を、「ガス・スタンド」と呼び、GSをガス・ステーションではなく「ガソリン・スタンド」と呼ぶが、これらは和製英語である。法律ではスタンドという用語がよく用いられており、水素ステーションも正式には水素スタンドである。
 また、ガス・ステーション(GS)やガソリン・スタンドでは、ガソリンだけでなく、軽油、灯油などのガソリン以外の液体燃料も取り扱っている。燃料タンクが空になってエンジンが動かなくなることを日本語では「ガス欠(out of gas)」というが、ガソリンだけでなく、軽油や重油など他の燃料がなくなる場合もガス欠である。電気自動車の場合だけ電池切れになると「電欠」と言うらしいが、たいていの燃料切れはガス欠である。
ガス・エンジン
   エンジンに燃料ガスを供給して燃焼エネルギーから動力を取り出す機関を 「ガス・エンジン」と呼ぶ。CNGLPGや水素などを燃料とするガス燃料エンジンである。この場合のガスはガソリンではなく、ガスエンジンは、ガソリン・エンジンの短縮形ではない。
 水素ガスを燃焼ではなく、化学反応の燃料として利用して、電力を取り出す場合は、ガス・エンジンではなく水素燃料電池と呼ぶ。最初は、宇宙船の動力源として使用され、現在は、船舶や自動車などの動力としての実用化開発が進められている。
 燃料電池自動車(FCV)用の水素ガスの補給インフラは、ガス・ステーション(ガソリンスタンド)やオートガススタンドに比べると、ほとんど整備されておらず、こらからの課題である。
   水素ガスの補給所は、経済産業省が制定する技術基準では「圧縮水素スタンド」とされている。「水素ガス」ではなく単に水素という言葉が使われており、CNGLPGのような「ガス」の文言はない。
  自動車用燃料補給設備に関する公式の用語は、「圧縮水素スタンド」の他に、「ガソリン・スタンド」、「ガス・スタンド」、「充電スタンド」などとなっており、補給所を意味する日本語は「スタンド」に統一されている。しかし、水素の場合は、英語の名称" hydrogen filling station "から「水素ステーション」という名称も広く使われている。
狭義のガス(燃料ガス)とガスという言葉の使われ方
    ガス管、ガスタンク、ガスメータ、ガスライター、ガスを引く、ガス欠、など日常会話で「ガス」と呼ばれているものの多くは、基本的には、「燃料ガス」あるいは「液体燃料」のことを指している。
 ガスの本来の意味は、「気体」そのものであり、燃料ガスはその一部であることは、多くの人が知っている。しかし、「燃料ガス=ガス」(狭義のガス)という関係が、社会に深く根付いてしまったため、本来の「気体」(広義のガス)の方がマイナーな使われ方をしており、ガスを取り扱う産業も一般には広く知られていないため、ガス屋というと都市ガスの会社のことをイメージする人が多い。
   燃料ガス以外で、日常会話に現われる「ガス」と言えば、何となく「ガス状」のものである。山にかかる霧や霞(「ガスがかかる」)、炭酸ガス飲料(入っていない飲料をノンガス飲料)、(排気)ガス、などがあり、いずれも何となく見えそうなもの(霞や泡や煙など)がガスと呼ばれている。風や空気をガスと呼ぶことはほとんどない。
都市ガス事業と産業ガス事業
   燃料ガスの「ガス事業」が始まったのは、19世紀初頭の英国であり、これが日本に伝わったのが19世紀後半(1872年)である。欧州で「酸素会社」、「工業ガス」の事業が始まったのは、19世紀末から20世紀初頭にかけてである。先に燃料ガスを利用するビジネスや社会インフラがあり、その後、それ以外のガスの利用が始まったため、燃料以外の目的で使用される「その他のガス」を「工業ガス」「産業ガス」と呼ぶようになった。
   一般にガス屋と呼ばれる商売には、社会インフラとしての燃料ガスを取り扱う「都市ガス会社」(すなわち公共事業を行う都市ガス事業者)とそれ以外のガスを取り扱う「産業ガス」の業界が存在する。
    ビジネス領域の区分としては、燃料ガス(都市ガス、タウンガス、LPG)とその他のガス(産業ガス)として線引されることになるが、その境界には少しあいまいなところがある。
  燃えるガス全てが燃料ガスというのではなく、主に燃料としては使用されない燃えるガスの場合は、燃料ガスではなく「可燃性ガス」と呼ばれ、主に産業ガス会社が取り扱う商材である。たとえば、アセチレンガスは、都市ガス会社や石油会社が取り扱う燃料ガスではなく、産業ガスの会社が取り扱う可燃性ガスである。溶接・溶断用に用いられる酸素ガスとアセチレンガスは、都市ガス会社ではなく、産業ガス会社から供給される。
  LPGは、流通の形態が「シリンダービジネス(容器で運ぶガス)」ということもあって、燃料ガス会社だけでなく産業ガス会社でも取り扱う。
   水素ガスの場合は、石油や石炭が原料であるため、大量に製造・自家消費する鉄鋼業や石油化学系の会社が取り扱うことが多いが、パイピング、シリンダーを用いたガス供給や超高純度の水素ガスの取り扱いもあるため産業ガス業界、石油業界、鉄鋼業界、自動車業界などの共同事業になることがある。
    半導体材料ガスも産業ガスの商材である。業界内部では、特殊ガス(特ガス)、半材ガスなどという呼び名もあり、可燃性ガス、毒性ガスなどが含まれ、取り扱いには特殊な技術や設備を必要とするため、産業ガスの会社のノウハウが必要である。
  都市ガス会社は重要な社会インフラである燃料ガスを大量に、安全に安定して供給する責務があるため、大きな供給インフラを維持するノウハウを持っているが、産業ガスの場合はこれに比較すると比較的小規模の特殊なガスを取り扱うことが多い。
  可燃性ガスと燃料ガスの境界にあいまいな部分はあるが、基本的には、燃料ガスを除くその他のガス全てが、産業ガスである。
照明利用から始まった燃料ガスと酸素ガス
  都市ガス・燃料ガスの簡単な歴史
 

1812年:

ロンドンでガス灯への燃料ガス供給が始まる(都市ガスの起源)
1872年:
ガス灯の照明用にガス製造所が作られた(横浜)
1874年:
神戸瓦斯がガス事業を開始した
1876年:
東京府瓦斯局が設立された
1884年:
ブリン兄弟が最初の酸素会社を設立(産業ガスの起源)
1897年:
大阪瓦斯が設立された。
ガスマントル(室内用照明器具)が輸入され、街灯以外の照明に利用さらにガスの熱を利用した調理用、暖房用、動力用に移行
1907年:
酸素の製造装置が輸入され工業ガス事業が始まる(産業ガス)
1929年:
霞ヶ浦に寄港した飛行船ツェッペリン伯号へのLPG供給が行われた
1938年:
自動車用燃料としてLPG使用が認められるようになった。
   初期の都市ガスは、街灯などの照明用(燃料)に用いられたが、最初の工業用酸素の主な用途も照明用であった。ブリン兄弟が「ブリン酸素会社BOC」という世界初の産業ガス会社を設立し、ブリン・プロセスを用いて空気を原料にして酸素の製造を始めた時、酸素ガスの主な用途はライムライトと呼ばれる照明器具用のガスであった。
 ライムライト(limelight)のライムは石灰であり、これを利用した照明器具が19世紀中頃に発明され、電灯が普及するまでの間、ライムライト灯が用いられた。水素と酸素をバーナーで燃焼させ、そこでできた高温の酸水素炎を石灰に吹き付けると石灰が白熱、そこから発せられた光をレンズで集光するというのがライムライトの仕組みである。
  ライムライトの明るい光は、軍用の投光器や劇場用の照明などに用いられ、舞台で脚光を浴びるということから、ライムライトとは、「名声」を意味する言葉にもなった。