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第44回 1−3 産業ガスと純ガス
 2017/12/31
    
修正 2018/1/4

(1)純ガス

石油やガスなど、一般に流通している液体や気体の製品は、混合物である。
 石油や天然ガス、それから製造される化成品は、混合物である。
 純粋なガソリンや純粋な重油、軽油という物質はなく、いずれも多くの物質が混じった混合物であり、成分が調整・ブレンドされた製品である。
 石油精製で採取される「液化石油ガス、LPG」は、様々な炭化水素が混じった混合液体である。工業用のものは、主成分がブタン(+ブチレン)、家庭用のものは主成分がプロパン(+プロピレン)である。世界的にみると、LPGとして流通している液化ガスのうち半分は石油随伴ガスであるが、残り半分は、天然ガス随伴液体であるため、厳密には液化石油ガスという呼び方は正しくない。
 石油精製の低沸成分を回収して液化したものがLPG、天然ガスの高沸成分をコンデンセートとして回収したものがNGLであり、LPGNGLを合わせたものが、一般にLPGと呼ばれている。家庭用のものは、プロパンの濃度が高いため、俗称として「プロパンガス」と呼ばれることもあるが、当然のことながら純粋のプロパンガスが供給されているのではなく、プロパンが含まれる混合ガスのことを指している。
   天然ガス(natural gas)は、地下資源として産出する燃料ガスの総称である。種類が多く、産地によって組成が様々である。基本的には、「メタンを主成分とする多成分の混合ガス(燃料ガス)」を天然ガスと呼んでいる。天然のものなので、組成や物性がばらばらなのは仕方なく、その成因は未だに分かっていない。
  国や団体によっては天然ガスを「化石燃料」として取り扱うところもあるが、石油と天然ガスはその起源をめぐる学説が確立しておらず、特に非常に種類の多い天然ガスの起源・成因の解明は容易ではない。生物由来を示すバイオマーカーのある天然ガスとそうでないもの、ウラン由来のヘリウムを多く含む天然ガスとそうでないもの、かつて大量に大気中に放出され地上の生命を大量絶滅に追い込んだとされる地殻中のメタンハイドレートなど、地下や海底にある天然ガスは謎だらけである。
 日本に輸入される天然ガスは、産ガス国(天然ガス産出国)で輸送用に精製・液化された液化天然ガス(LNG, liquefied natural gas)である。主成分はメタンであり、液化工程の妨げになる不純物が予め除去、精製され、液化される時には、NGLが分離・回収されている。しかし、それでもLNGは、純粋な液体メタンではない。エタンなどを含む混合液体である。
 ガソリン、軽油、LPGのような石油製品、天然ガスなど工業用の液体・気体原料・製品のほとんどは純物質ではなく、混合物である。天然のもの、精製されたもの、合成されたもの、ブレンドされたもの、様々な製造方法があるが、純物質はない。
 液体や気体の燃料だけではなく、他の工業製品、金属、化成品、あるいは食品や飲料水など、われわれの周囲で流通しているもののほとんどが、混合物や合金である。少量販売される「試薬」を除くと、産業用に流通する製品には、純物質はほとんどない。
産業ガスビジネスは、非常に純物質に近いものを大量生産・供給する、珍しい産業である
   産業ガスビジネスが取り扱うガス製品は、基本的に「純ガス」である。
 しかも、複雑な化合物ではなく、元素そのものに近い分子(アルゴンやヘリウムのような単原子分子や酸素や窒素のような同一元素のみで構成される等核二原子分子など)あるいは、非常に簡単な構造の分子(二酸化炭素や低分子など)の製品が中心である。高機能を目的に、複雑に合成され、混合された化成品などとは対極にある。
 素材産業の中でも純物質に近いものをこれほど大量に製造・販売する業種は非常に珍しい。
   物質の世界は非常に多くの数の分子から成り立っており、1モルでもアボガドロ定数をかけた膨大な数の分子を含む。したがって、実際の問題としても理論的にも、ある製品の「純度」を100%であると証明することは不可能である。しかし、どこまでも純粋な物質を追求するということは、必要なことであり、そのようなガスを「純ガス」と呼んでいる。産業ガスビジネスの基本は、純ガスの製造、供給である。これは、試薬ではなく、大量に流通する工業製品であり、純度の高い「純ガス」を供給するのが産業ガスビジネスの特徴である。
   産業ガスビジネスの歴史は、工業用の酸素の製造から始まり、主業を純ガスの製造・販売とした産業ガスビジネスである。
  しかし、現在では、純ガスだけでなく、混合ガス(溶接・切断ガス、合成空気など)、標準ガス(分析計の校正などに用いる精密に調合されたガス)、半導体材料ガス(電子産業向けの電子機材、半導体製造に関わる材料ガスなど)、医療用ガス(呼吸用酸素、麻酔ガスなど)、安定同位体(天然存在比と異なる組成の同位体、同位体標識化合物)などを取り扱う産業である。これは、これらの製品の製造や品質管理の技術のベースが、純ガスの製造技術や分析技術であり、高純度の製品を取り扱う技術が、精密に混合されたガスや特殊な用途のガスの製造を可能にしているからである。
産業ガスの技術は他の産業と少し異なる
   ほとんどの産業が混合や化合によって商品に付加価値を与えているのに対して、産業ガスビジネスはは純ガスを基本とするため、使用される技術が類似するものであっても、他の産業とは基本的なところで考え方が大きく異なることがある。
   酸素や窒素は、空気を原料として「深冷空気分離装置」で、蒸留によって分離して製造される。
 蒸留は、化学産業において最もポピュラーでありふれた操作であるが、空気の蒸留分離は、その仕組や装置において、他の産業の蒸留分離とは大きく異っている。
 

 石油精製では、常圧蒸留装置(トッパー、topper)を用いて原油を何種類かの製品(留分)に分離して石油化学の原料(中間製品)を生産する。そのため、蒸留塔の製品採取位置(蒸留塔の段)のところで温度管理を行って、取り出す製品の組成や量を制御することが行われている。このような蒸留を分別蒸留(分留、topping)と呼ぶこともある。
 トッパーの役割は、原油を「沸点の異なる留分」に分離することである。混合物の各成分間に気液平衡関係があるため、各成分を選択的に分離することができる訳ではないが、温度や流量を変えることによって、留分の組成を決めることができ、「分留」という操作が行われる。原油という貴重な資源から有用な成分を分離するのが石油精製の蒸留塔であり、分留によって様々な製品が取り出される。
 分留は、温度によって制御され、沸点の違いによる分離のように思われるが、正しくは、多成分混合物における各成分の「気液平衡」(vapor-liquid equilibrium ,VLE)を利用した蒸留分離であり、蒸留塔の中の混合物の気液平衡関係と運転操作によって製品の組成が決まる。

   これが、一般的な蒸留の考え方であるが、深冷空気分離装置はかなり異なる。
 混合物である空気を分離するために蒸留分離をするのは石油と同じであるが、製品が混合物ではなく純物質であるため、蒸留装置の設計や運転方法が根本的に異なっている。
 空気分離では、原料の組成は常に一定(産地も季節も関係なく一定)、製品は基本的に3種類(窒素、アルゴン、酸素)、製品は混合物ではなく純ガスであり、蒸留塔の製品採取位置における温度制御を行うこともない。
  空気を蒸留分離をしているというと他の業界の蒸留装置の技術者からは、蒸留塔の温度の制御のことを質問されることがある。しかし、深冷空気分離装置の蒸留塔には制御するための温度計がない。製品の取り出し位置は決まっており、組成も、ほぼ純ガスに近いため、温度はその場所の圧力に対する平衡温度であり温度を測る意味がないのである。蒸留塔の温度は制御するパラメータではなく、流量や圧力を制御した結果の値である。
 

 石油の場合、原料は輸入原油であり、蒸留塔各部から取り出される様々な製品の量は、在庫量や需要、その他のプロセスとの関係から調整される。原料も製品も常に変化に対応しなければならず、圧力、温度、流量など様々なパラメータがあり、高度な運転テクニックも必要である。空気分離の場合は、原料は空気であり、これはどこでも同じ組成であり、製品の組成も基本的にいつも同じである。酸素と窒素とアルゴンの製品量のバランスだけが調整され、製品は、在庫されることがなくその場で消費される。
  深冷空気分離装置で製造されたガスの一部は、液化・貯蔵・輸送され、あるいは、加圧されて高圧ガス容器に詰めて輸送される。しかし深冷空気分離装置は、基本的には、原料の調達と製造と製品の消費が同じ場所で行われる地産地消型の装置である。原料、製品の大量在庫とは無縁の産業である。
  石油精製の場合、余ったものをそのまま環境中に廃棄することはできないが、空気分離の場合、原料が空気であるため、もし製品量のバランスがとれなければ、一度分離しているのでそのエネルギーがもったいないということを除けば、空気中に放出することも可能である。製品や廃ガスが環境に放出されても空気に戻るだけである。

 

 石油の蒸留と空気の蒸留では、気液平衡を利用した蒸留分離によるという点は同じであるが、原料が異なること、製品が混合物であるか純物質であるかということ、装置の温度が大きく異なることなど、装置として異なる部分が非常に多い。石油精製の蒸留から空気分離の蒸留を類推すると、かなりの部分が誤解されてしまう。

「純ガス」

   純ガスを取り扱う時に、しばしば「純度」(purity)という用語が用いられる。これは、主要成分の「濃度」(concentration)が、どのくらい高いかということを示す尺度であり、不純物が非常に少ない場合を「高純度」、「純度が高い」といい、不純物が多い場合を「低純度」、製品中の不純物が増えることを「純度が低下した」などという。
 純度は、「濃度」や「モル分率」のように定義がはっきりしている用語ではないが、主成分の濃度で表わす方法と、不純物の濃度で表わす方法がある。ガスの「純度」の場合、数字が100%に近いため、特定の不純物の量(impurity)を示すことによって純度を表示することが多い。
 

 純ガスには、そこに含まれる不純物の濃度によって、粗ガス、低純(度)ガス、一般ガス、高純(度)ガスなどの種類(グレード)がある。表に、市販されている代表的な高純度ガスの仕様を示す。これは一例であって、各メーカー、ガスのグレードによって分析される不純物の濃度は異なる。

市販の高純度ガスの例

 
製品


窒素

アルゴン

酸素

ヘリウム

窒素

>99.99995%

<0.3ppm

<0.2ppm

<0.1ppm

アルゴン

 

>99.9999%

<0.05ppm

 

酸素

<0.1ppm

<0.1ppm

>99.99995%

<0.05ppm

ヘリウム

 

 

 

>99.99995%

一酸化炭素

<0.1ppm

<0.1ppm

<0.02ppm

<0.02ppm

二酸化炭素

<0.1ppm

<0.1ppm

<0.02ppm

<0.02ppm

THC※

<0.05ppm

<0.1ppm

<0.02ppm

<0.01ppm

水素

<0.1ppm

窒素酸化物

<0.01ppm

 

 

 

二酸化硫黄

<0.01ppm

 

 

 

水※※

<-80

<-80

<-80

<-80

 

※THC(全炭化水素)は、メタンと非メタン炭化水素の合計をメタン換算したもの (ppmC)。(JIS B 7956)  ※※水の量は、露点温度(霜点温度)で示す。
参考:「大陽日酸(株)スペシャルティガス(特殊ガス)高純度ガス」カタログ

   
   表に示したのは「高純度ガス」と呼ばれる種類のガスであるが、一般工業ガスとして大量に供給されている、産業ガスも基本的には純ガスに近い。パイプライン(パイピング)で大量に供給されるガスの中では、酸素ガスは、比較的純度が低いガスであるが、それでも酸素濃度は、99.7%程度(不純物の大半はアルゴン)である。ガスの純度とガスの製造コストには、相関関係があるため(高純度の方が高コスト)、用途によっては非常に純度の低いガスが利用されることもある。しかし、「低純度酸素」であっても、93%程度の酸素濃度はある。
    上の表に示した高純度ガスの仕様は、専用の分析装置で不純物の濃度を高感度に分析したもので、これらの不純物の量の上限値が仕様になっている。分析の対象となる不純物は、原料や製造工程、保管、輸送工程などから混入が想定される物質であるため、それ以外の不純物については、入っていないことは確かめられない。これはガスだけでなく、他の産業の全ての製品についても同じであり、測定対象となっていない不純物の有無は分からない。
よく使われる単位 ppm
    ここで、表中のppmparts per million、百万分率)は、パーセントppcparts per cent、%)と同様、比率を表す無次元の単位で、微量成分の濃度表示に非常によく用いられる。「%」は、パーツ・パー・セントと呼ばれることはめったになく、ほとんどの場合「パーセント」(percent百分率)と呼ばれるが、「ppm」もパーツ・パー・ミリオンと呼ばれることはほとんどなく、普通は、「ピー・ピー・エム」と呼ばれる。ppmは、純ガスを取り扱う時に最もよく使用される濃度の単位のひとつである。
 

 ガスの組成(composition)や純ガス中の不純物の濃度(concentration)を表わす値は、特にことわりがなければ、容積比(volume fraction)である。容積比は、理想気体のモル比(mole fraction)に等しいため、ガスの量の換算に都合がよいためである。高圧ガスの場合、理想気体から大きく外れるが、ここでは、換算のためだけに理想気体を想定しており、実在気体であっても容積比とモル比は同じものとみなされている。なお、濃度を容積分率と質量分率を区別して明示する必要がある時は、容積分率は vol. ppm あるいは ppmv などと示され、質量分率は wt.ppmppmwなどと示されることがある。

 

 別項に「1ppmを図示してみる」 →(用語(3)組成、濃度、分率、密度、純度Eppm不純物の量を表すのによく用いられる単位

 

 ある容器の中に非常に純度の高いガスが入っている時、この中に1つも異分子が入っていないということを証明することは極めて難しい。
  たとえば、標準的な47リットルの高圧ガスの容器には、14.7MPaの圧力のガスが充填されており、これはおよそ310モルのガスであるから。これにアヴォガドロ定数を掛けると、この容器に含まれるガス分子の数は、1.8×1026個である。
  もし「100%」を標榜するのであれば、この膨大な数のガス分子の中に異なる分子がひとつも検出されないということを証明しなければならず、事実上不可能である。

高純度ガスの品質保証
   販売される産業ガスは、配管や容器の中にあり、客先では容易に中身のガスを調べることができない。したがって、出荷されるガスには、分析票(分析表)が添付される。
  高感度のガスの分析を行うには、多くの時間とコストがかかるため、全ての製品に対して詳細な分析表が添付される訳ではない。一般ガスと呼ばれるグレードでは、ロットによる検査や製造工程での抜き取り検査が行われ、表に示すようなハイグレードの純ガスでは、容器毎に様々な不純物についての詳細な分析が行われ、その結果が品質保証される。超高純度ガスでは、その分のコストがかかる。
   高純度ガスの品質を保証するといっても、ありとあらゆる成分を分析するという訳にはいかないため、どの不純物を、どの程度の感度と精度で測るのかは、ガスのグレード、ガスの製造プロセス、分析を含むガスコスト、ガスの性状(液体、気体)、利用者が必要とするガスの品質などから決められる。
  条件によっては、表に示した不純物以外のガス種を分析し、微小なゴミ、金属、酸、微生物などが測定対象として追加されることもある。同じ製品(高純度ガス)であっても、不純物の測定対象が増えるほど、それだけ、コストがかかり高価なガスになる。責任を持ってこのような値を表示するには、高感度・高精度の分析設備が必要であり、サンプリングや分析計の操作、校正、分析作業には、専用の設備も必要となり、熟練した作業者の知識、技能、ノウハウが必要である。示される分析保証値が信頼されることが、ガス屋にとって最も重要な信用である。
純ガスも、「同位体の混合ガス」であって厳密には純物質ではない
   純ガスの純度を分析結果の数字によって示し、「極めて100%に近い高純度」であることを保証することはできるが、これは100%を意味するものではない。どこまでいっても100%を証明することは不可能であるから、「高純度ガス」とは、非常に不純物が少ないことを品質保証された「100%に近い純ガス」である。
    高純度ガスであっても、正確に言えば、純粋の酸素ガス、純粋の窒素ガスと呼ぶことはではない。
  酸素ガスは、酸素元素からなる酸素分子であるが、酸素元素を構成する酸素原子は一種類ではないからである。100%の純粋な酸素であるを証明することも不可能であるが、その中の酸素の原子も純粋であるということはあり得ないのである。
  20世紀初頭にフランシス・ウィリアム・アストンが、「元素は異なる同位体の混合物である」ことを発見した。アストンは、初めての安定同位体を発見したJJトムソンの下で物質の研究を行い、質量分析計を発明して、様々な元素を研究した。元素は、一部の例外を除いて、単一の原子からなるものではないことが見出された。(→「5人のウィリアム、希ガスと同位体の発見」)。
  多くの元素の原子量が、整数値から離れた、かなり半端な数値になるが、これは各元素が、天然存在比の同位体の混合物として存在するためである。酸素も元素は3つの安定同位体(16O17O、18O)の混合物であり、酸素分子は6つの同位体分子(16O2   16O17O  17O2  16O18O  17O18O 18O2)の混合物になっている。  
 

   通常販売されている純ガスは、「同位体混合物」であり、同位体純物質(isotopically pure material)ではない。しかし「純ガス」の同位体の比率は明示されることはないため、中に入っている同位体の組成は分からない。そこで、特定の同位体を濃縮したガスの場合は、モル分率(mole fraction)に加えて、原子比率(原子分率、atomic ratio、isotopic ratio、atom %など)の表示が必要となる。
  なお、一般の純ガスは、同位体比率が、天然存在比(natural abundance)に等しいという保証はなく、製造方法や原料によって天然存在比から大きく異なっていることもある。