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第49回 1−4 空気分離

 2018/1/16

  (2)空気を分離する方法  

 産業用の酸素ガスや窒素ガスは、合成や分解によって作られるのではなく、空気を分離することによって作られており、その方法は、電気化学的な反応ではなく、気液平衡という物理化学的な性質を利用した蒸留分離、あるいは、吸着材がガス分子を選択的に吸着する性質を利用した吸着分離で行われている。
 表に、主な3種類の工業的空気分離法と製品の関係を示す。同じ行に製品が複数あるものは、ひとつの装置で同時に生産が可能なものを示しており、行によって製品が異なるものはそれぞれが専用の装置(酸素製造装置あるいは窒素製造装置)になっているものである。酸素と窒素を同時に生産するのは深冷分離法だけである。
 なお、酸素、窒素、アルゴンの順に並べているのは、産業ガス分野で取り扱いが始まった順序で、口語的には、「酸窒素アルゴン」と続けて呼ばれることもある(あった)。
 

工業的空気分離の方法(製造プロセス)

製品

酸素

窒素

アルゴン

主な用途・備考

吸着分離法
PSA法)

 

 

小型装置、燃焼用、医療用

 

 

小型装置、船舶用

膜分離法

 

 

医療用小型酸素濃縮器、GTL用酸素富化膜

 

 

小型窒素発生装置

蒸留分離法
(深冷分離法)

 

 

小型装置

 

 

半導体産業用窒素製造装置

 

中型空気分離装置

中大型空気分離装置、鉄鋼、化学

@吸着分離法 (PSA法)
   吸着分離法には、主に2種類の方法があり、ひとつは平衡吸着量の違いを利用してひとつの成分を濃縮する方法で、吸着されにくい成分あるいは吸着されやすい成分を濃縮する方法であり、もうひとつは、平衡吸着量はあまり変わらないが、吸着速度が異なることを利用した方法である。
   平衡吸着とは、ガス分子が吸着材に一定の量、吸着されて平衡になっている状態であり、その時のガス分子の吸着量は、ガス種、吸着材、温度、圧力によって決まる。一般的には、一定温度で圧力(分圧)を変えていった時の平衡吸着量が吸着等温線として示され、吸着材とガスの組み合わせが吸着材あるいはガスの物性となる。たとえば合成ゼオライトは、空気中の窒素分子を酸素分子よりも多く吸着するので、これを利用して窒素や酸素の濃縮ができる。
   吸着分離法では、吸着材に一旦吸着されたガス分子を追い出して吸着材を再利用する。これを「脱着(工程)」と呼び、圧力を高くして吸着を行い、圧力を低くして脱着を行うと、吸着材が繰り返し使用できるので、これを繰り返して吸着分離を連続的に行う方式を、圧力スイング法(プレッシャー・スイング法、pressure swing adsorptionPSA)と呼ぶ。産業ガスの業界では、通常、PSA法あるいは単にPSAと呼ぶ。なお、省略形が短いため、一般的には、PSA検査やフランスのPSA(プジョー・シトロエン・グループ)の方が知られているため、検索する時は「PSA吸着法」「PSA方式」などとするとよい。
    PSA法には、成分による平衡吸着量は、大きくは変わらないが、吸着速度が異なる物性を利用して、吸着と脱着の工程の切り替え時間をうまく選んで製品を濃縮する方法がある。
 たとえば、「分子ふるいカーボン」(CMSまたはMSC)は、空気中の酸素を吸着する速度が窒素を吸着する速度よりも速いため、これを利用して窒素ガスを濃縮することができる。
    PSA法以外の再生方法には、TSA法(thermal swing adsorption)がある。これは、吸着時よりも脱着時の温度を上げて再生を行う方法である。一般的に、温度が高い時の方が、温度が低い時に比べて飽和吸着量が小さいため、吸着材の温度を上げると一旦吸着したガスが放出(脱着)され、再使用が可能になる。
  脱着成分を追い出すために「再生ガス」が必要となり、再生ガスを加熱するための「再生エネルギー」が必要となる。また、次の吸着工程のために吸着材を冷却しなければならないため、基本的には、吸着→降圧→加熱再生→冷却→昇圧→吸着、といったサイクルとなり、加熱と冷却にはそれなりの時間がかかるので、吸着量が大きく、サイクル時間が長い場合に用いられる。一般的なPSAの1サイクルが「分 minute」のオーダーであるのに対してTSAの1サイクルは「時間 hour」のオーダーになる。
  TSA法は、空気中の水分や二酸化炭素を除去する装置などガスの予備精製に用いられることが多い。空気分離によって酸素や窒素を製造する方法としてはTSA法は用いられない。
A膜分離法
   膜分離法は、分離膜を隔てた上流側と下流側のガス成分の分圧の差を利用して、膜の選択性を利用して分離を行うものである。いずれかひとつのガスの濃縮にしか使用できず、また上流側の分圧が下流側の分圧に近づくとそれ以上分離ができないため、収率や製品の純度に制限がある。
 原料空気を「中空糸 ちゅうくうし」モジュールに流し、水分、二酸化炭素、酸素などが膜を通して二次側に透過、出口側で窒素が濃縮する装置が実用化されている。
 PSA法に比べて装置が簡単で、深冷分離法のように高圧ガスの製造(法令上)にもならないため、手軽にガス分離、空気分離ができるが、完全な選択性はなく、アルゴン、メタン、一酸化炭素などが透過しにくいため、比較的、低純度の窒素(95〜99.9%)の製造に用いられている。
B深冷分離法 
    深冷分離(しんれいぶんり)法は、蒸留法を用いる。
  蒸留分離とは、混合物の気液平衡を利用する分離法である。空気の場合、液体空気中の酸素濃度は、これに平衡な気体空気中の酸素濃度よりも高いため、気相中に窒素、液相中に酸素が濃縮する。これを何度も繰り返し(実際の装置では蒸留塔の中で連続的に濃縮が行われる)、窒素と酸素を分離する。
  時々、「窒素と酸素の沸点差」を利用する分離という記述をみかけるが、これは全く不正確である。2つの純物質の沸点の「差」には物理的な意味がなく、そもそも沸点差という用語も存在しない。混合物である空気の中の窒素分子と酸素分子は、それぞれ単独に窒素だけ、あるいは酸素だけで振る舞うということはない。蒸留分離のキーワードは混合物の気液平衡であり、後述することにする。
   深冷空気分離装置では、空気を窒素、酸素、その他の排ガス(廃ガス)の3つに分けることができるので窒素と酸素を同時に生産できることが特長である。(ニーズに応じて酸素のみ、窒素のみを製品とする装置も可能)
 少しプロセスは複雑になってくるが、これにアルゴンを分離する蒸留装置を追加すると、酸素、窒素、アルゴンを同時に生産することが可能となり、深冷空気分離装置には、表に示すように、「酸素製造装置」「窒素製造装置」、「酸素と窒素を同時に製造する装置」、「酸素と窒素とアルゴンを同時に製造する装置」の4種類のタイプが存在する。
   蒸留分離が行われる運転条件では、原料空気に含まれる水分や二酸化炭素が凝固してしまうため予め除去する予備精製あるいは「前処理」が行われる。
  前処理には吸着法が用いられるのが一般的なので、深冷空気分離装置は、厳密には吸着分離と深冷分離を組み合わせたプロセスである。
   表に示した3つの空気分離法、PSA法、膜分離法、深冷分離法は、いずれも、空気を原料としてこれを分離する空気分離装置であるが、歴史的な経緯もあって、吸着分離装置は、「酸素PSA装置」、「窒素PSA装置」、膜分離装置を「窒素分離膜モジュール装置」と呼び、深冷空気分装置だけを「空気分離装置」と呼ぶことが多い。さらに、深冷空気分離装置のうち、酸素や窒素だけを製品とする装置は、深冷の酸素製造装置と深冷の窒素製造装置であり、酸素+窒素、あるいは、酸素+窒素+アルゴンを製造する装置を深冷空気分離装置(air separaion unit)と呼ぶことも多い。