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第50回 1−4 空気分離

 2018/1/16

  (3)深冷空気分離  

@空気分離装置と空気分離器
 空気分離は、英語で、Air Separation、空気分離装置あるいは深冷空気分離装置は、Cryogenic Air Separation UnitASU、エイ・エス・ユー)と呼ぶ。
 日本語の「空気分離装置」には、2種類のものがあり、ひとつは、「空気を他のものから分離・除去する装置」、もうひとつは、「空気の成分を分離する装置」である。
   産業分野では、気体と液体を分ける装置、気液分離装置(気液分離器)が、広く利用されており、中には分離されるものの具体的な名称で呼ばれるものもある。たとえば、ボイラーで使用される水と蒸気を分ける気液分離装置は、汽水分離器または気水分離器、配管中の気体から液滴や微粒子を除去するものは、ドレン・セパレータやミスト・セパレータと呼ばれ、油分を除去するものは、オイルミスト・セパレータなどと呼ばれる。
  1979年の米国スリーマイル島原子力発電所事故は、計装用空気系に液体が混入して制御系が誤動作したことが事故原因のひとつとして知られている。本来、気体が流れる配管に液体が混入すると大きなトラブルの原因となるが、その逆に液体が流れる配管中に気体が混入しても大きなトラブルを引き起こす可能性がある。
  配管中の液体に空気が混入するおそれがある場合、これを除去する装置が必要となり、このような目的の気液分離装置を「空気分離器」、「空気分離装置」あるいは「エア・セパレータ」と呼ぶ。計測機器、流体機器の分野では、液体中の空気を分離する空気分離装置が利用されている。
   一方、産業ガス分野で、空気を分離して成分を製品として回収する装置は、「空気分離装置」、「空気分離プラントASPAir Separation Plant)」あるいは「空気分離ユニットASUAir Separation Unit)」などと呼ばれる。
 ここでいう「プラント」とは、植物のことではなく、パワー・プラント(発電所)、ケミカル・プラント(化学装置)などの「大型の装置」「設備」のことであり、化学装置のひとつである空気分離装置のことを「空気分離プラント」と呼ぶこともある。しかし、石油化学プラントや天然ガスプラントが多機能で大型であることに対して、空気分離装置は、空気を分離するという機能に特化した小さな装置であるため、プラントというよりは、空気分離ユニットといった方分かり易い。近年はASUという呼び方が一般的である。
 
 しかし、「ASU」は、機器の収納容器の高さが30m60m越える化学装置である。化学プラントや発電プラントのような大型プラントではないが、それなりの大きさを持つ「装置」である。液体中の空気を分離・除去するために配管の途中に設置される金属容器形状の機器「空気分離器」とは規模も用途も全く異なる装置である。
 空気分離装置(ASU)は、空気分離器(エアセパレータ)よりもはるかに大きく、実物を見れば間違えることはないが、いずれも「空気を分離する空気分離装置」という意味を持つ用語なので紛らわしい。
   業界ごとに、特に決まりがある訳ではなく、人によってはエアセパレータを空気分離装置、ASUを空気分離器と呼ぶ人もいる。
  話が酸素や窒素を分離する空気分離なのか、液体に含まれる空気を分離する空気分離なのか、はっきりしているときは間違えようがないが、ここでは、空気を分離・除去する装置、エアセパレータを「空気分離器」、空気の成分を分離する装置ASUを「空気分離装置」と呼ぶことにする。
  また、空気分離装置のうち、蒸留分離で空気分離を行う装置を「深冷空気分離装置」と呼ぶ。
A深冷空気分離装置
   「深冷」とは、英語の"cryogenic"の日本語訳であるが、cryogenicが、低温、低温工学全般を指すのに対して、日本語では、低温領域をおよそ二つに分けて、空気の蒸留分離の温度領域を「深冷」、液体ヘリウムの温度領域を「超低温」と呼んで、区別している。
   産業ガスのビジネスでは、液体ヘリウム温度(4K)領域と液体窒素温度(77K)領域の両方の温度領域を取り扱う。液体窒素の温度は、他の産業からみると低温であるが、この温度の超伝導現象を「高温超伝導」と呼ぶように、低温工学や低温の物性分野ではかなりの高温である。
 このような場合、両方を単に低温と呼ぶと紛らわしいため、習慣的に前者を「超低温」、後者を「深冷」と呼んでいる。
  空気分離装置では蒸留で空気を分離するため、内部は液体窒素、液体空気、液体酸素などの低温流体が流れており、その温度は、およそ80Kから110Kほどの範囲にある。ASUを日本では「深冷空気分離装置」と呼ぶ。
    なお、古くは「空気液化分離装置」という言葉も使われたが、こちらは、法律用語からきており、技術報告などではほとんど見られなくなっている。
    「深冷」という日本語は、常温以下の温度を示しているため、金属の熱処理・常温以下のサブゼロ処理を「深冷処理」、空気の蒸留分離を「深冷空気分離」、天然ガスの液化温度付近での炭化水素の精製を「深冷ガス分離」など、と使われ、特にどの温度を指すということは決まっていない。
  超低温(very low temperature)は、極低温(ごくていおん、きょくていおん)とも呼び、一般的には、深冷よりもかなり温度が低い領域を取り扱う(low temperature science)。「深冷」は、既に工業的に幅広く用いられている低温領域であり、「超低温」は、どちらかというとまだ科学の分野の低温領域であって、産業分野での利用はこれからである。
 

日本語の低温の呼び方、使われ方、 同じ用語でも業界によって温度範囲が大きく異る例

温度(K/℃)

温度範囲の通称など

ガス分離
低温物性

冷凍庫

金属処理

鋼の低温脆性など

300K

27

室温・常温

非深冷分離

常温

   

273

0

   

冷蔵

サブゼロ
深冷処理※

 

 

-18

   

食品冷凍

船舶の低温対策に配慮

223

-50

   

 

鋼の使用限界※※

213

-60

   

超低温

鋼の低温脆性が問題となる。これ以下の温度では、低温脆性の問題がない金属、たとえばオーステナイト系ステンレス鋼やアルミニウム合金、銅などが使用される

 

-80

     

 

-130

     

超深冷処理

110

-162

LNG温度

低温・深冷

   

100

-173

液酸温度

深冷

    液体酸素の標準沸点(90K)付近が深冷空気分離の温度領域

77

-196

液窒温度

深冷

   

65

-208

ネオン冷凍

高温超電導

    特殊な素材により超電導機器が利用できる高温領域

20

-253

液体水素温度

極低温・超低温

    液体燃料ロケットの水素タンクの温度がこのあたり

4

-269

液体ヘリウム温度

超低温

    通常、超低温と呼ばれる領域

1mK

-273

 

超低温

    絶対零度は究極の(実現不可能な)温度

※金属処理では、0℃以下をサブゼロ、深冷と呼び、ガス分野の深冷とはかなり温度領域が異なる。
※※普通鋼の場合、この温度以下で低温脆性が起こるため、低温使用限界はおよそこの付近

 
   産業ガスの分野では、液体水素、液体ヘリウムの温度以下が超低温、液体窒素の温度あたりが深冷である。大学などで低温の研究や低温技術を供給する部門を極低温センターなどの名称で呼ぶが、この場合は、液体ヘリウムだけでなく、液体窒素なども取り扱うようである。
 深冷も超低温も類似の技術を必要としている。温度が低く、金属の種類によっては、低温脆性破壊を起こすため機器の材料の選定が重要になること、周囲の環境との温度差が200K〜300Kもあり外部から機器への侵入熱があるため断熱技術が必要であること、圧力・温度・流量の測定技術やノウハウが高温領域とは異なることなど、である。
 鋼の低温脆性が知られるようになったのは20世紀の中頃であり、寒冷による橋梁や船の事故をきっかけにして本格的な研究が進んだ。
  一方、深冷空気分離装置が作られたのは20世紀初頭であり、その運転温度は、寒冷による構築物の事故が起こった冬季の気温や水温よりもはるかに低い液体空気の温度である。蒸留塔や熱交換器に鋼材は使えないことは分かっていたため、初期の空気分離装置では、銅や真鍮などが用いられていた。しかし、銅ではコストがかさむため、その後オーステナイト系ステンレス鋼やアルミ合金、高ニッケル鋼などの材料が使用されるようになった。ガスケット(シール材)などの非金属の部品も同様に低温に耐えられる材料が用いられている。
   深冷と超低温の間にかなり大きな温度の違いがある。したがって、深冷の断熱技術や測定技術をそのまま超低温に利用することはできないが、深冷技術の延長上に超低温技術があることには違いがなく、共通点や共通技術も多い。深冷と超低温を合わせて低温技術と呼ぶことができる。