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第9回  シャルルの法則(1)
シャルルとゲイ=リュサック
Jacques Alexandre Cesar Charles、Joseph Louis Gay-Lussac
2017/10/18
 
修正 11/20

「シャルルの法則」(1787年)
  ジャック・シャルル(1746〜1823年、フランス)は、「気体の圧力が一定の時、気体の体積は温度に比例する」という「シャルルの法則」を見出した(1787年)。しかし、シャルルは、この発見を自らは公表せず、それから15年も後になって、ジョセフ・ルイ・ゲイ=リュサック(1778〜1850年、フランス)がこれを定式化して発表した(1802年)ため、この法則は、「シャルルの法則」とも「ゲイ=リュサックの第二法則」とも呼ばれる。
  「ゲイ=リュサックがこの法則を発表した時、すでにシャルルが法則を発見していたのでシャルルの法則と呼ばれるようになった」と記述する教科書もあるが、実験結果を集め、温度の定義や結果の定式化を行ったのは、ゲイ=リュサックであり、この法則にシャルルの法則という名称を与えたのもゲイ=リュサックである。シャルルもゲイ=リュサックも有人気球のパイオニアであり、水素ガス気球を製作していたシャルルが先に発見、ゲイ=リュサックはシャルルに敬意を表してシャルルの法則と呼んだというのが正しいようである。温度と空気の体積の関係は多くの学者が気にかけていたようであるが、シャルルの法則の先取権争いは聞いたことがない。
  それにしても
公表が15年も遅れたのは惜しいと思う。シャルルは科学の研究よりも気球の開発に集中していたのかも知れない。

   気体の温度、圧力、容積の関係を示す「状態方程式」は、前述のボイルの法則とシャルルの法則を合わせて、次のように、ひとつの式で示されることが多い。
 

ボイルの法則

シャルルの法則

ボイル=シャルルの法則(日本特有の呼び名)

   ここで、pは圧力、Vは容積、Rはモル気体定数、nは気体のモル数、Tは温度である。(モル数という概念はシャルルの法則の時にはまだない)
法則の中には、ボイルとシャルルの二人の名前があるが、ボイルとシャルルは、全く異なる時代を生きており、シャルルの法則がゲイ=リュサックによって発表されたのは、ボイルの法則から
140年も後のことである。
   ボイルの法則とシャルルの法則は、全く別の法則である。理想気体の状態方程式は、異なる二つの法則をまとめてひとつの式として書き記しているだけであり、ボイル=シャルルの法則という名前の法則がある訳ではない。日本語では「ボイル=シャルルの法則」と呼ぶが、英語では、Boyle's lawCharles's lawあるいは Boyle's lawGay-Lussac's lawを合わせた "Combined gas law" である。
  日本では、「ボイル=シャルルの法則」という日本語が、二つの気体の法則を統合して表わす言葉として、広く用いられているが、ボイルの法則とシャルルの法則は、理想気体に関する法則であることを除いては、無関係であることは、忘れないようにしたい。
   上式の「ボイル=シャルルの法則」は、ボイルの法則+シャルルの法則+アヴォガドロの法則を合わせた、「統合された理想気体の法則」と呼ぶのが正しい。気体の「圧力」と容積が反比例するということと気体の「温度」と容積が比例するということは、れぞれ別の法則として発見された。

   シャルルは、異なる気体を風船に詰め、その温度を上げたとき、どの風船も同じ体積に膨らむことを発見、気体の体積は、「絶対温度」に比例するという関係を見出した(1787年)。ボイルの時代は「空気」だけが研究対象の気体であったが、シャルルの時代には水素など、空気とは異なる気体も発見されており、ボイルの法則が空気以外の気体にも適用されることが判明していた。シャルルは自ら開発した水素気球に水素を充てんした時、温度の低下とともに気球がしぼむことを知っていた。
   しかし、当時は、まだ「温度」という物理量の概念は確立されておらず、寒暖を測るための「温度計」も十分には開発されておらず、寒暖の尺度としての「温度目盛」もばらばらであった。ゲイ=リュサックはシャルルの法則を定式化する時に、「絶対温度」という概念を作りだし、容積は温度に比例するとした(1802年)。ただし、絶対温度という名称はかなり後になって熱力学が研究されるようになってからである。
  したがって、ボイルの法則は、「気体の温度が一定の時、圧力と容積が反比例する」と説明されるが、実際には、ボイルがボイルの法則を発見された時には、温度という概念はなく、当然のことながら、温度が一定という条件もなかった。空気を圧縮したり真空ポンプで減圧したりして圧力と容積の関係を調べた時に、寒暖の違いが何か実験結果に影響を与えていることを見出していたようであるが、それが「温度」というものであることが分かるまでには長い時間がかかった。
 
   ボイル=シャルルの法則は、「理想気体(ideal gas)の法則」である。
  理想気体とは、「気体分子には大きさがなく、気体分子と気体分子の間には力が働かない」という架空の気体である。この仮定は全く事実に反しており、このような気体は実際には存在しない。
 したがって、ボイル=シャルルの法則(理想気体の状態方程式)は、実際の気体の挙動を正しく表わしていない。
 

 しかし、実在する気体でも、ボイル=シャルルの法則が、近似的に成り立ち、理想気体とみなすことができる場合がある。たとえば、常温、常圧の空気は理想気体に近い挙動を示す。
  そのため、現在でも、実在気体の部分法則として理想気体の法則がしばしば用いられる。また、実在する気体の挙動は、極めて複雑で厳密な記述が難しいため、その後に現われる実在気体を表す状態方程式の多くが、理想気体の状態方程式を基本として、これを補正・補完する形式で表現されている(理想気体からのずれとして表現されることが多い)。理想気体は、ガスの科学の基本である。
 時折、「ほとんどの気体は理想気体とみなすことができ、実在気体との違いもわずかである」、といった説明をみかけるが、これは「ガスの科学」や「ガスの現場」からみると大間違いである。ガス屋の実務の世界では、理想気体とみなせる場合は、わずかであり、理想気体と実在気体の振る舞いの違いは小さくはない。何といっても理想気体は液化せず、ジュール・トムソン効果もない。これではガス屋は仕事にならないのである。

   理想気体とは、実在しない「架空の気体のモデル」である。しかし、理想気体の概念や理想気体の法則は、ガスの科学の出発点として非常に重要である。まず理想気体を理解しないとその先のガスの科学の理解は困難である。そして、この最初の気体の科学が、「分子・原子」の概念を生み出しており、ガスの科学は物質の科学でもある。