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第21回 カラム(4)元素、原子と同位体、素粒子と複合粒子
 2017/11/14
 
修正

 古代より万物の根源をなす「元素」というものがあると考えられていたが、200年ほど前からは、元素を構成する「小さな粒子」、原子説が唱えられるようになった。中世の哲学や錬金術から17世紀に科学の時代が始まったが。科学の始まりはボイルの法則である。物質の科学はガスの科学から始まり、物質の根源をなすと考えられた「元素」は、小さな分子・原子という「粒子」の研究へと進んだ。
 ここで、比較的よく用いられ、混同されたり誤解されたりしやすい言葉、元素や原子に関連する用語を整理しておきたい。 
@元素 element
 元素とは物質の根源をなすと考えられた概念である。
 元素説には、古代ギリシアから伝わるアリストテレスの四元素説(火・水・空気・土の四元素)や
16世紀のパラケルススの三元素説(水銀・硫黄・塩の三原質)があり、万物は火によって「元素」(element)に分解されると考えられていた。
 ボイルは、これらの思索中心の仮説を否定し、実験を重視して元素を探すべきと主張し、元素が粒子であるという粒子仮説を唱えた。ボイルは、水や鉄や石のような塊は、目に見えない粒子がたくさん集まって作られていると考え、元素とは、物質を分解していった時に究極に得られるものであるという仮説のもとに、実験を行った。
   アントワーヌ・ラヴォアジエ(17431794年、フランス)は、ボイルから110年後に生まれ、化学物質や化学反応を研究、質量保存則を発見し、ボイルと同じく「近代化学の父」と呼ばれた。
  ボイルは、錬金術から化学の時代を切り拓いたが、ラヴォアジエは、燃焼における酸素の役割を明らかにし、それまでの化学の主流であったフロギストン(phlogiston、熱素または燃素)が存在しないことを示し、化学を新たな段階に進めたためである。
  それまでの化学では、燃焼とは、フロギストンという物質(元素)が放出される過程であると考えられており、物が燃えると灰が残るが、それは燃焼によって物質からフロギストンが抜けるために起こる現象であると考えるのが定説であった。
 しかし、ラヴォアジエは、燃焼とは、物質が酸素と結びつく反応であるという酸素説を提唱、フロギストンは存在しない架空の物質であるとして、これを完全に否定することに成功した。近代の科学には何度も大きな変革があったが、フロギストンが存在しないということは、当時の化学者にとって非常に大きなパラダイム・シフトとなった。しかし、一方でラヴォアジエは、「熱」は物質であり、質量を持たない元素「カロリック」であるという概念を生み出してしまった(1777年)。
   ジェームズ・プレスコット・ジュール(18181889年)は、熱が物質(元素)ではなく、エネルギーの一形態であることを実証し、19世紀に生まれたエネルギーの概念は、ガスの科学、熱力学の発展につながっていったが、ラヴォアジエが提唱した熱を元素とするカロリック説によって、科学はかなり長い期間、混乱を続けることになる。
    現代では、「元素」とは同じ化学種をもつ最小の単位であり、具体的には「同じ原子番号をもつ」原子の集まりである。同じ原子番号を持つ元素は、「周期表」の同じ枠の中に含まれる原子の集合であり、より具体的には原子核に同じ数の陽子を持つ原子の集まりである。
  たとえば、原子番号1を持つ水素は水素という元素の集合であり、原子番号8を持つ酸素は酸素という元素の集合である。
   ミトリ・メンデレーエフが元素の周期律を提唱し、元素周期表を発表するのは19世紀になってからである(1865年)。
A原子 atom
   原子とは、元素と同じように「最小の単位」として考え出された。誰も見ることはできないが、原子という小さな「粒のようなもの」が存在し、それが集まって、元素が構成されているという概念である。元素と原子は似たような概念にも思えるが、大きな違いは、元素は同じ化学的性質を持つ最小単位の概念であり「数えることができない」、原子は元素を構成する「粒」であり、何らかの方法によって「数えることができる」、ということである。
B分子 molecule
   原子で構成される分子の概念は、ドルトンの原子・分子説(1804年)が基本となった。ドルトンの説は、ゲイ=リュサックが提唱した「気体反応の法則」との間に矛盾が生じたが、アメデオ・アヴォガドロのアボガドロの法則(1811年)によって解消され、アヴォガドロの分子論が確立した。
 原子は単独では存在しないという化学の常識ができあがったが、
19世紀末に空気中からアルゴンが発見され、希ガスは単原子でも存在できることがわかった(単原子分子)。
B同位体 isotope
   原子番号が同じで、質量数が異なる原子を「同位体 isotope」と呼ぶ。ひとつの元素は非常に多くの種類の同位体からなる。
  プラウトの仮説(Prout's hypothesis1815年)
   プラウトの仮説とは、ロンドンの開業医ウィリアム・プラウト(17851850年、イングランド)が提唱した原子の構造に関する仮説で、「水素の原子量を1とすると、その他の原子の原子量はその整数倍になる」というものである。
 しかし、塩素(原子量35.45)など、この仮説に従わない元素があったため、多くの学者がその理由を調べるために原子量の詳細測定を行っていた。気体の密度の測定は、それほど難しいものではないが、プラウトの仮説を検証するために必要となる精密測定となると慎重で難しい実験手順が必要であった。
 ジョン・ウィリアム・ストラット(3代目レイリー卿)は「プラウトの仮説」を再検討するために主要気体の密度の測定を始め(1882年)、空気中からアルゴンを発見する(1894年)が、まだこの時は、同位体の存在が知られておらず、原子量が半端な数値になること(水素の整数倍にならないこと)の理由は明らかになっていない
  同位体の種類
      同位体は、便宜上、「安定同位体」「放射性同位体」「核異性体」の3種類に分類されている。
  原子核は必ず崩壊するが、崩壊するまでの時間が極めて長く(半減期が非常に長く)、崩壊が観測されていない同位体は安定な同位体(stable isotope、SI)とされる。
 「比較的」半減期が短く、比較的強い放射線を発して崩壊する同位体を放射性同位体(radioisotope、RI)と呼ぶ。どのくらい半減期が短いか、どのくらい強い放射線を出すかといった、明確な線引きはできないので、ヒトや生物や機械などに大きな影響を与える可能性のあるものが放射性同位体であり、放射線が全く検知できないくらい小さなものが安定同位体ということになる。
 核異性体(nuclear isomer)とは、ある程度の時間、励起した状態を保っている原子核のことであり、安定同位体ではないが放射性同位体でもない。
  放射性物質
     放射性同位体を含む物質のうち、放射線障害などのおそれがあり、取扱い上の注意が必要なものが「放射性物質」である。
  自然界に非常に多くの放射性同位体が存在する。たとえば、生物の体を作るの欠かせないカリウムには比較的多くの放射性同位体が含まれるが、カリウムなしには生命を維持できないので体内からカリウムをなくすことはできず、放射線(内部被爆)をなくすこともできない。したがってカリウムは放射性物質として取り扱うことはない。
  また、ウランは、元素全てが放射性同位体であるが、地球の表面、海水中、鉱物中などほとんどの場所に微量のウランが存在し、極微量の放射線を発している(天然の放射線)。ウラン鉱石は放射性物質であり、大量に集められたウランは核物質であるが、土や岩や海水を放射性物質とは言わない。
  同位体と「同位元素」
     英語の isotope の和訳に「同位体」と「同位元素」がある。
 同位元素という言葉は、言葉の定義からは明らかに間違っているが、歴史的な経緯によって radio isotope に「放射性同位元素」という和訳が使われている。
     元素 elemennt とは、最小単位の化学種の集合であるが、「安定 stable」「放射性 radio active」という性質は、元素の性質ではない。
 たとえば、酸素という元素には、 12Oから28Oまでの17種類の同位体が存在するが、自然界には、16O17O18Oの3種類の安定同位体だけが存在する。残りの14種類は非常に寿命が短い原子であり酸素の放射性同位体の中で最も安定な15Oの半減期は約2分(122秒)である。
  しかし、「安定」という性質はこの3種類の同位体が持つ性質であって、酸素という元素の性質ではないので、酸素を「安定同位元素」と呼ぶことはできない。
     歴史的には、最初に「同位体」が発見されたのは「放射性同位体」である。1896年にアンリ・ベクレルがウランから放射されるアルファ線を発見した。
  20世紀初頭に、ウランやトリウムなど、放射線を発する新元素が発見されたが、これらの重元素には、安定同位体が存在しない。すなわち元素を構成する全ての原子が放射性同位体である。当初は、放射線というのは特定の元素が持つ性質だと考えられており、同位体の概念も放射性崩壊に伴うものとして考えられていた。
  当初は、安定同位体は知られておらず、少し後になって、1913年、ジョゼフ・ジョン・トムソンがネオンの安定同位体を発見した。その後、多くの放射性同位体と安定同位体が発見され、元素によって同位体の数や存在比が異なり、プラウトの仮説で問題となっていた各元素の原子量の値が水素の原子量のちょうど整数倍になっていないことの理由が明らかになった。
      現在では、元素という概念と核種が持つ「安定」「放射性」という性質は別のものとして考えられるようになったが、放射性物質の研究が始まった当初は、特定の元素が放射線を出すことが知られたため、和訳として「放射性同位元素」という言葉が使われるようになったようである。 「同位体」というのは元素を構成する原子の種類を意味する用語であるためこの「同位元素」という言葉の意味はよく分からないが、おそらく「放射性・同位元素」ではなく「放射性元素」という「元素」だと考えて、ここにisotopeが意味する「同位体」という言葉を加えたのではないだろうか。元素と同位体をそれぞれ辞書や事典で調べても「同位元素」という言葉は isotope の和訳のようであり、元素 element の意味は持たないようである。
     写真は、1970年代に大学から公布された「放射性同位元素等取扱者手帳」である。文部省が発行する様々な書類では「放射性同位体」、「放射性物質」といった用語ではなく、この「放射性同位元素」という用語をよく見かける。
 なお、英語では elemennt という言葉は使わず radioisotopeとなっている。isotopeを同位体と訳さずに同位元素と訳した人がいるのかもしれない。
C素粒子と複合粒子
   素粒子(elementary particle)とは、「それ以上分割ができない基本の粒子」「内部構造を持たない最も小さな粒子」のことである。最も基本的な化学種の最小単位を「元素」と呼び、それを構成する「それ以上分割できない最小の物質」を原子(atom)と呼んだが、原子にはさらに内部構造があり、原子は基本粒子ではなかった。
   20世紀の初頭から研究が進んだ、分子、原子などの小さな粒子の研究の成果によって、原子はその中心に非常に小さな、しかし原子の質量の大半をも持つ「原子核」があり、その原子核の周辺には軌道電子が存在し、その電子の内側が原子の占める「大きさ」であると考えられるようになった。原子核の中にはさらに内部構造が存在し、原子核が壊れると中性子や陽子が飛び出すことも分かり、20世紀の最初の四半世紀頃までは、電子、陽子、中性子が物質の基本、素粒子であると考えられていた。子供向けの教育書などでよく知られるジョージ・ガモフの著書でも「陽子や中性子のような素粒子」という文言が出てくる。原子や原子核の研究が始まった頃は、陽子や中性子も内部構造を持たない素粒子だと考えられた時期があったということである。
   やがて、様々な粒子、特に数多くの中間子が発見されるようになると、基本粒子とは一体何なのかといった疑問が浮かぶようになり、20世紀中盤からは、本当の基本である素粒子の探求が進むようになった。現在、素粒子だと思われる粒子は17種類、全ての物質は、これらの組み合わせから作られていると考えられようになっている(対称性や反粒子を数えるとこれより多い)。
   かつて素粒子だと思われていた陽子と中性子は「複合粒子 composite particle」と呼ばれる。
   電子は、それ以上分割ができない素粒子であり、「電荷」と呼ばれる量子数をもち、その流れは「電気」として非常に身近な存在となっている。
   17世紀にボイルが近代の化学を創設して以降、ガスの科学は物質の研究として深化したが、20世紀にはエネルギーと物質が統合された科学となり、20世紀の後半からは、電子技術や新材料の開発など実学の世界でもよく知られるようになった。
 
意味
素粒子 フェルミ粒子 電子、クォークなど 物質の性質を持つ基本粒子
ボース粒子 光子 波の性質を持つ基本粒子
複合粒子   陽子、中性子、中間子、原子核など 素粒子からなる粒子
 
素粒子の分類
素粒子のグループ
意味
フェルミオン
(物質粒子)
クォーク   強い相互作用をする。3世代6種
レプトン ニュートリノ 電子ニュートリノなど3種
荷電レプトン 電子、ミューオンなど3種
ボソン
(相互作用粒子)
ゲージ粒子   光子、グル―オンなど4種
ヒッグス粒子   素粒子に質量を与える
 
複合粒子
意味
ハドロン     強い相互作用によって結合したクォーク(素粒子のグループ)の複合体
バリオン 中性子、陽子 フェルミ粒子。物質の性質を持つ。
中間子   ボース粒子。波の性質を持つ
原子核     陽子と中性子と強い相互作用から構成される粒子。
ただし、原子量1の水素と原子量3のリチウムは例外で、原子核に中性子を持たない。
原子   水素、酸素など 原子核と電子で構成される粒子。
同じ原子番号を持つ原子は、特定の元素を構成する。
分子   水、酸素分子など 物質の物理的特性を保ちながら分解される最小の粒子。複数の原子の組み合わせが特定の化合物に対応する。
18族元素は単原子でも安定的に存在できる(単原子分子)。また、非常に圧力が低い宇宙空間では、隣の原子が存在しないため、原子が分子とならずに単独で存在することができる。
 
物質の名称
英語
意味
元素 element 同じ物理的、化学的性質を持つ物質の最小単位の概念。数えられない概念。
原子番号が等しい物質。
これまでに発見された元素の種類は人工のものを含めて118種類
原子 atom 元素を構成する粒子。個数を数えることができる
同位体 isotope 同じ元素の中で、質量数が異なる原子(異なる質量の原子核を持つ原子)あるいは原子核の状態が異なる原子を区別する用語。
 安定同位体 stable isotope (SI) 比較的半減期が長く、安定している核種
 放射性同位体 radio isotope (RI) 比較的半減期が長く、不安定な核種
 核異性体 nuclear isomer 安定ではないが、ある程度の時間、励起した状態(metastable状態)を保っている原子核。
準安定核、異性核とも呼ぶ