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第23回 理想気体の科学(3)大気と空気 A大気の構造
 2017/11/16
 
修正

大気、大気圧
 地球という惑星は、人間から見るととてつもなく巨大で、全体を考えるのは非常に難しい。しかし生存圏と呼ばれる領域は、巨大であることには変わりはないが、星の大きさに比べるとわずかであり、手が届きそうであり、少しは考えやすくなっている。生存圏の研究が行われてきた。
    生存圏を資源領域と考えると、大きく分けて、気圏、水圏、地圏の3つがあり、英語では、気圏は atmosphere、水圏は hydrosphere、地圏は geosphereと呼ぶ。sphereとは、球面や天球を表わして、北半球や南半球の半球はhemisphereと呼ぶ。
   英語のアトモスフェア(atmosphere)は、学術用語では「気圏」であるが、この他にも、大気、空気、雰囲気、ムード、環境など様々な意味を持つ単語であり日常会話にもよく用いられる。
 地球の大気は、高度が上がるにつれて、希薄になり、地球表面で最も密度が高く、圧力が高い。「標準大気圧」と呼ぶ気圧は、大気の底、海面(海抜ゼロ)における大気の圧力のことを言う。
  大気圧(atmospheric pressure)は、圧力の単位としても使用され、atm(気圧、アトムと読む)と書かれる。atmは、非SI単位であるが、かつては、「1atm」が標準状態の定義に用いられ、物性を求める時の圧力の単位に用いられることも多かったため、現在でもよく見かけるが、「標準」という意味はなくなっているため、1atm=101.325kPa と誤解されないように記述されることが多くなった。
   天体をつつむ気体を「大気」と呼ぶ。容器の中に閉じ込められていない気体は、どこまでも拡散していくが、地球の大気は、地球の重力によって地球表面上に留められており、それは、地球と「宇宙」との境界まで続いている。地球も宇宙の一部なので、この場合の宇宙とは地球以外の宇宙を指しており、境界はかなり曖昧ながら、大気の端までが地球であり、その先が宇宙という線引きができる。大気のあるところまでが地球であり、その先が宇宙であり、「大気圏」の一番上は、地球と宇宙の境界である。
  しかし、ここまでが気圏(大気圏)、ここから先が宇宙という線は決めにくく、境界線ははっきりしていない。
   大気は、高さ方向に鉛直構造を持っており、地表面からの高さが、大気の層を特徴づけている。下から順に対流圏 (troposphere)、成層圏 (stratosphere) 、中間圏 (mesosphere) 、熱圏 (thermosphere)、外気圏(exosphere)の5つに区分される。最も高層の大気、外気圏は、地上から高度10,000kmまであり、直径約12700kmの地球に対して、地球の大気圏は、直径2kmもある。
図に外気圏を除く4つの大気の鉛直構造を示す。
   図の右の軸は地表からの高度であり、線形に示されているのに対して、図の左の軸の気圧は対数で示されており、高度と気圧はほぼ指数関係にある。
  オゾン層、磁気圏、電離層などの名称も知られるが、これらは、鉛直構造とは異なる地球物理的な区分である。
  太陽系内の天体は、太陽からの強い宇宙線(放射線)に曝されるが、地球の地表は、オゾン層や磁気圏によって、この危険な太陽光線から守られている。オゾン層は、ほぼ成層圏に重なっている。
 

  磁気圏は、太陽側が地球半径の10倍、反対側が200倍ほどあり、大気圏とは大きさが全く異なる別の構造である。電離層は、紫外線やX線によって、気体の分子や原子が電離している領域で、ほぼ中間圏に重なっている。電波を反射する性質が通信に用いられている。

 

地球の大気圏の鉛直構造

温度を基準とする鉛直構造

高度km

特徴など

その他の鉛直構造

高度km

外気圏
Exosphere

800〜1000

本当は、ここまでが地球の大気圏

磁気圏

1〜7

熱圏
Thermosphere

80〜800

気圧が低く、便宜的に宇宙と呼ぶ

電離層
Ionosphere

60〜500

中間圏
Mesosphere

50〜80

いわゆる「大気圏突入」空力加熱が起こる領域

 

 

成層圏
Stratosphere

9-17〜50

高度とともに温度が上昇する

オゾン層
Ozonoshpere

10〜50

対流圏
Troposphere

0〜9-17

空気と呼ぶ。高度とともに温度が下がる。大量の水蒸気を含む。
赤道付近で高い。
組成は高度によらず一定。

 

 

対流圏troposphere
 

 大気の一番下の層、対流圏(troposphere)は、別名である「空気(air)」と呼ばれることが多い。その地表からの高度は、緯度や様々な条件によって異なるが、およそ9000m〜1万7000mの範囲である。
  対流圏の最も重要な特徴は、組成が一定であり、水蒸気が多く含まれ、高度が上がると気圧と気温が低下するというものである。
 対流圏の高度と気圧の関係は、ほぼ比例しており、高度が100m増すごとに、10hPa(1kPa)ずつ気圧が低下する。

 

 「高度が上がる(標高が高くなる)と太陽には近づくが気温が低下する」ことが、生活実感の中で常識となっている。これは、高度が上がり気圧が低下すると、膨張によって空気の温度が下がるためである。水蒸気を含まない空気として計算すると高度が100m増すごとに約1℃下がるが、対流圏には大量の水蒸気があるため、水蒸気が持つ熱容量と潜熱がバッファとなり、実際の温度変化は、かなり穏やかであり、平均では、高度が100m増すごとに0.65℃ずつ気温が低下する。
  対流圏では、「上空で気圧が低く温度が低く、地表は気圧が高く温度が高い」ため、密度の違いによる上下の対流が起こりやすく、全体として非常によく混ざった混合気体となっている。
  もし地球の空気がよく混ざっておらず、空気に含まれる成分が重力によって分離されたままであったならば、地表付近にはアルゴンや二酸化炭素、上空では酸素、さらに上には窒素というような構造になり、このような環境に適した生物は現れなかったのかも知れない。一度完全に混じってしまった空気は「低エントロピー資源」すなわち何らかのエネルギーを投入しない限り分離することができないので、われわれは、地球上で安全に暮らすことができる。

対流圏の気温の変化
   地表面に近い空気は、太陽熱によって暖められ、膨張して密度が低下した空気塊が上昇していく。この時、空気塊とまわりの空気と間の伝熱はあまりよくないので、空気塊は、ほぼ断熱膨張をして、まわりの空気を押しのける仕事をしながら上昇していくため、内部エネルギーが減少し、空気塊の温度は下がっていく。
    この時の空気を、およそ理想気体に近い状態、すなわち分子運動に比べて分子間力が無視できるものと考えると、密度と地表面からの高度の関係(静水圧)と理想気体の状態方程式から、高さ方向の温度変化は、次式のように表わされる。(太陽の熱で暖められた地表付近の空気の塊が上昇しながら圧力が低下する過程を理想気体として計算する)
       
  gは重力加速度、Rはモル気体定数である。
 

 ここで、空気を分子量 M=0.029kg/molの二原子分子の理想気体とすると、比熱比から、 となる。
  すなわち、断熱膨張して上昇する空気は、1km上昇すると9.8K温度が低下、100mで約1℃気温が下がると計算される。これを「乾燥断熱減率」と呼ぶ。(参考:竹内淳「高校数学でわかるボルツマンの原理」講談社ブルーバックス)

 

 しかし、対流圏には大量の水蒸気が含まれているため、実際の平均の「気温減率(lapse rate)」は、0.65℃/100mとなっている。さらに、水蒸気が飽和になり雲が発生するほどの気象条件になると、「湿潤断熱減率(moist adiabatic lapse rate)」は、0.5℃/100mほどとなる。水蒸気が液化、固化する時の潜熱の放出は非常に大きく、乾燥している空気では100mに1℃ずつ気温が下がるのに対して、実際の空気では水蒸気を含んでいるため気温低下は約半分ほどになっている。
  対流圏が水蒸気を含まないとすると、標高2000mでは海面付近に対して気温が20℃も下がると計算されるが、水蒸気が飽和であれば、気温の低下は10℃にとどまる。この違いはかなり大きい。

   大気は「地球を覆う気体の層全て」であり、「対流圏(空気)」はその一部であり、厚さ(高度)は大気圏全体のわずか4%に過ぎない。しかし、空気の質量は大気の75%を占めており、しばしば、空気と大気は、混同されたり、区別がされなかったりする。大気の組成は空気の組成ではないので、大気という時には、大気のどの部分を指しているのかが重要である。気象関係では「大気の状態が不安定な気象条件」といった表現がされることがあるが、この場合の大気とは、およそ対流圏から成層圏下部までの大気の温度分布などを指しているようである。
成層圏(stratosphere)
    対流圏の上の成層圏は、ほぼオゾン層と重なっており、オゾンが太陽光線の中の紫外線を吸収するため、その反応によって温度が上昇する。対流圏界面(対流圏の上の境界)は高度8〜17kmであり、成層圏界面(成層圏の上の境界)は高度約50kmであり、この間が成層圏である。
   20世紀初頭、気球による観測によって、対流圏の上には対流圏とは異なる構造の大気があることが発見された(1902年)。その時、高度上昇に伴って温度が上がることが分かり、温度が低く重い気体が下に、温度が高く軽い気体が上にあるため、密度の違いによる対流(自然対流)がなく大気は混合されていないと考えられたため「成層圏」という名前が付けられた。
  しかし、その後の詳細な観測によって、成層圏には、対流圏ほど活発ではないものの気体の混合があり、風が吹き、組成はほぼ一定であり、完全な成層ではないことが分かった。
 

 成層圏には、大気圏全体の17%(重量比)の大気があり、対流圏(空気)と成層圏の質量を合わせると大気全体の95%を占める。
  対流圏界面付近には、ジェット気流(対流圏上層の強い偏西風の流れ)があり、水蒸気が少なく、気象の変動が少ないため、航空機が航路として利用することも多い。成層圏の中には、偏西風や偏東風などの特徴的な風があり、地表付近の気象にも大きく関わる領域なので、気象分野では、対流圏(空気)だけでなく高層大気である成層圏も研究対象、観測対象となる。

中間圏(mesosphere)
   成層圏の上の中間圏になると、オゾン濃度が減少し、再び高度とともに温度が下がり始める。図に示すように大気圏の中では中間圏の温度が最も低い(-100℃)。
  大気中の原子や分子が紫外線やX線によって電離、自由電子密度が大きくなっており、電離層が形成されている。電子密度は、太陽光に影響されるため昼間と夜間では、電離層の状態が異なる。中間圏までは、大気は混合されている。
熱圏(thermosphere)
   中間圏の上、高度80kmから800kmまでが、熱圏となる。高度とともに気温が上昇、太陽からの高エネルギーの粒子や磁気圏の電子によって加熱されるため、2000℃くらいまで温度が上がる。ただし、これは、非常に希薄な大気の分子運動としての温度であり、気圧が低く熱容量が非常に小さいため、この付近を飛ぶ人工衛星などがこの温度にさらされて、加熱されるということではない。熱圏にはオーロラが現れる。
   中間圏までの大気は混合されているが、熱圏以上の大気は密度が小さいため、十分に混合することがなく、重力による分離が起こっている。熱圏では、重い窒素分子が下に集まり、その上に酸素原子、その上にヘリウム原子という順序に重なっている。窒素の方が酸素よりも重く、下にあるというは、不思議な感じがするが、窒素は分子、酸素は原子で存在しているため、このような構造になる。熱圏では、重さの順に大気の構造が作られ、逆に言えば、熱圏以下の大気では、重さによる分布が起こらないため、地上付近にアルゴンや窒素が沈んで溜まるということが起こらない。
 

 また、熱圏の気圧は非常に低いため、隕石が地球に突入する時や、宇宙船や人工衛星が大気圏に再突入する時は、熱圏の大気による摩擦加熱がほとんどない。しかし、高速で突入する隕石や地球に帰還する宇宙船の機体は非常に高温になることがよく知られている。これは摩擦熱ではなく、高速の航空機でもみられる「熱の壁」と呼ばれる、断熱圧縮による「空力加熱」によるものである。隕石などの自然物が大気圏に突入する時は、熱圏付近で燃えて流れ星になることが多い。
  断熱圧縮加熱は、日常的なガス配管でも起こり得るので、特に酸素ガスを急激に大流量で流すような操作は避ける必要がある。もし配管中に可燃物(ごみや可燃性のパッキンなど)があると断熱圧縮加熱によって発火する可能性もあるので、急激な操作を避けるだけでなく材料の選定や施工管理にも注意が必要である。

 

 JAXAの惑星探査機「はやぶさ」は、小惑星からサンプルリターン用カプセルを地球に持ち帰るため大気圏に再突入したが、その時の速度は毎秒12km、温度は1万℃にもなり、本体は分解消失したが、カプセルは無事地上で回収された。はやぶさが小惑星イトカワから持ち帰った微粒子の分析には、地球上の物質の影響を極力減らすための工夫がなされており、産業ガスの工場で生産された超高純度の窒素ガスが研究機関に対して供給された。
 このような人工物の大気圏への再突入は、有人宇宙船や回収が必要な機体の場合は、高温にならないように速度や高度が調整され、回収の必要がない人工衛星や地上に落下しては困る機体の場合は、地上へ到達する前に燃え尽きるように、熱圏から中間圏への「再突入時」に破壊されるように制御されている。

    SF映画では、スリリングな大気圏再突入(atmospheric reentry)が描写されるが、初期の宇宙開発時代の誤った常識や熱圏に対する誤解から科学的誤りが多い。たとえば「空気の摩擦熱」で高温になると勘違いされることがあるが、熱圏の気圧が低いため、大気圏(熱圏)再突入時には、大気との摩擦熱は発生しない。温度が上がるのは、熱圏から中間圏に達した時の断熱圧縮によるものである。有人機(帰還機)では、耐熱構造だけでなく、最高温度が上がり過ぎないような再突入角度、速度制御、姿勢制御も行われている。
  また、再突入の角度が浅いと大気に弾かれて宇宙のかなたへ飛んでいってしまうと思われたことがあったが、実際は、そういうことは起こらず、軌道離脱のタイミングのずれ、着地予定地点が大きくずれることによって、地上への帰還プログラムや地上部門の回収作業に問題が生じることになる。また、再突入時に機体が高温となり、通信が完全に途絶するというシーンも多いが、有人宇宙船の場合は、機体が高温のプラズマに包まれている時でも、突入方向の後方のアンテナを使って上空にある人工衛星を経由して地上との交信が可能であるため、全ての場合で通信ができないという訳ではない。
  一般的に「大気圏再突入」と呼ばれているものは、実際の大気圏(外気圏まで含んだ地球の大気圏)への突入ではなく、もっとずっと低い高度である熱圏・中間圏付近への断熱圧縮加熱の話しをしているということである。