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第24回 理想気体の科学(3)大気と空気 B空気の成分
 2017/11/17
 
修正 2018/1/16

 地球の大気は、このように非常に特徴的な鉛直構造を持ち、その構造・組成は、46億年の歴史の中で非常に大きく変わってきた。中間圏以下の大気は、分子が質量で分離することがなく混合気体となっており、最下層の対流圏の大気(空気)は、よく混合され、高度によらず組成が一定である。現在の空気中の窒素と酸素の量は、一様で年間を通じてほぼ一定である。空気は非常に安定した多成分の混合ガスであるが、これは、われわれの生活にとってもわれわれの産業にとっても非常に重要なことである。
   空気を原料とする空気分離プロセスでは、空気を、窒素、アルゴン、酸素の3つの主成分とする混合ガスとして取り扱う。化学工学では、拡散や分離を取り扱う時に、複雑さを避けるために2成分系(binary)の問題とすることも多いが、空気の場合、3番目に多いアルゴンの濃度が無視できないほど高いため、3成分系(ternary)とするのが普通である。次の表に代表的な物性を示す。
 

空気の主要成分の組成と標準沸点

成分

空気中の濃度[%]

純物質の物性

密度 [kg/m3]

標準沸点 [K]

窒素

78.08

1.251

77

アルゴン

0.93

1.783

87

酸素

20.95

1.429

90

濃度は体積比、密度は0℃、標準大気圧の時の値、標準沸点は標準大気圧での沸騰温度

   各成分の密度は、窒素・酸素・アルゴンの順に大きくなるが、空気は十分に混合されているため、空気に含まれる軽い成分である窒素が上に集まったり、重い成分であるアルゴンが地表に集まったりするということがない。
 もしも、アルゴン−酸素−窒素が分離していたなら、高度が上がると窒素が濃く、酸素が薄くなり、地表付近ではアルゴンが濃く、酸素が薄くなり、中間部は高濃度酸素とオゾンの層ができることになり、生物が安全に生存できる高度がほとんどないということになる。しかし、最下層の大気は十分に混合された対流圏であり、組成は均一であり、高度が上がると空気は薄くなるが、対流圏と成層圏では、酸素は薄くなることはない。
  表にその他の成分を含む大気の組成(海面高度の空気)を示す。表中の濃度はISOによる1975年の「国際標準大気」、二酸化炭素の濃度は、温室効果ガス世界資料センター (WDCGG)の解析による2013年の世界の平均濃度である。ISOの資料では、空気ではなく標準大気と書かれているが、「海面高度の値」との注釈があり、この場合の大気とは空気のことである。
非常に組成が安定している空気であるが、いくつかの成分は、発生や循環の機構が異なっているため、場所と時間によって濃度が異なっている。特に水蒸気は、気象条件によって空気中の濃度が大きく変わる(0〜4%)。
 

乾燥空気の主な組成
濃度は「国際標準大気」(海面高度、ISO-1975年)

 

濃度

単位

安定

用途など

工業的製造方法

窒素

78.084

%

安定

化学、半導体

空気分離

酸素

20.948

%

安定

鉄鋼、化学

空気分離

アルゴン

0.934

%

安定

希ガス

空気分離

小計

99.95

%

 

 

 

二酸化炭素
(WDCGG2013年)

396

ppm

変動

化学、食品

燃焼ガス、化学工業の副生

ネオン

18.18

ppm

安定

希ガス

空気分離

ヘリウム

5.24

ppm

安定

希ガス

一部の天然ガスから

メタン

1.81

ppm

変動

燃焼、発電

天然ガス、バイオガス

クリプトン

1.14

ppm

安定

希ガス

空気分離

二酸化硫黄

>1

ppm

変動

化学

セメント副生

水素

0.5

ppm

安定

化学

石油精製、鉄鋼、石炭化学

一酸化二窒素

320

ppb

変動

麻酔用

化学反応

キセノン

87

ppb

安定

希ガス

空気分離

   水蒸気は、他の気体と同様に肉眼でみることはできないが、固化や液化によって雲や霧や雨や雪ができたり、結露して滴となったり、湿度や乾燥を体感したりと、その存在を身近に感じることができ、気象、大気・海洋の研究では極めて重要な因子である。しかし、空気中の水蒸気の濃度変化はあまりにも大きく、標準値を定めることができないため、空気を気体として取り扱う時は表のように水蒸気を含まない「乾燥空気」とするのが普通である。
   二酸化炭素や硫黄化合物は、生態系、火山活動、人為的発生(経済活動)などいくつかの要因で変動しており、場所と時間によっては、濃度が異なるため、乾燥空気には含まれるが、おおよその値が参考値として示されている。特に、近年は二酸化炭素の増加による温室効果が地球温暖化・気候変動に与える影響が懸念され、人為的な二酸化炭素の排出抑制が世界の大きなテーマになっているが、現在の平均値は約400ppmである。
  温暖化の原因のひとつとみなされ、何かと悪者扱いされる二酸化炭素であるが、現在は、地球の歴史からみるとその濃度は最も低い時代である。空気中の二酸化炭素濃度と気温は植物の生育、すなわち食料生産にとって最も重要な要素であり、一般的には二酸化炭素濃度が高く気温が高い方が食料生産には適した環境である。空気中の酸素濃度の増減は、何度も繰り返されてきたが、長期的にみると二酸化炭素濃度は、地球創生以降減少の一途をたどっている。
  現在、気候変動の要因として問題とされているのは、人間の経済活動による二酸化炭素排出がトリガーとなって、地球表面の二酸化炭素の循環のバランスが崩れ、温暖化ガスの増加→気温や海水温の上昇→さらに温暖化ガスの放出という連鎖的な現象が起こるのではないかという懸念である。温暖化と空気中の二酸化炭素濃度の変化、気候変動については、さらなる科学的研究が必要である。
   ネオン、ヘリウム、クリプトンなどの希ガスも空気に含まれているが、これは希ガスが化合物を作りにくい元素であるため、地殻中に資源として存在するのではなく、空気主成分の中に微量成分として存在しているためである。ただしアルゴンは希ガスであるにも関わらず空気中に9340ppm(0.934%)も含まれている。空気には大量のアルゴンが含まれているため、深冷空気分離装置の設計では、非常に重要なファクターとなる(アルゴンの詳細については「第3章 アルゴンとヘリウム」に記す)。
   アルゴン以外の空気中の希ガスが、非常に少ないということを考えるために、空気中に5.2ppm存在するヘリウムについて計算してみる。
 日本国内の酸素の生産量を年間100m3とすると※、原料の空気はおよそ500m3、この中に含まれているヘリウムの量は、25m3である。日本のヘリウムの年間消費量は、およそ1500m3であるから酸素製造時の空気からヘリウムを全量回収できたとしても、消費量の6日分にしかならない。
  一方、経済産業省のレポートによると、現在分かっている世界の天然ガス中に含まれるヘリウムの可採埋蔵量は75m3、ベース埋蔵量は490m3である(可採埋蔵量は現在の採算ベースでの埋蔵量、ベース埋蔵量は採掘コストが現在よりかかる場合の埋蔵量)。2012年の世界のヘリウムの年間生産量は、およそ1億7千万m3であるから、可採埋蔵量は44年分、ベース埋蔵量では290年分ということになる。
  天然ガスから採取されるヘリウムの濃度、埋蔵量、生産量、コストと比較すると、空気中のヘリウムは資源とならず、実際に空気からヘリウムを回収する深冷空気分離装置は存在しない。(ヘリウムの工業的生産方法については別項に記す)

※日本国内の酸素の年間生産量を、約100Nm3として計算をする根拠:
  経済産業省が毎年発表する化学工業統計年報(YEARBOOK of Chemical Industrial Statistics)を参考にしたものである。たとえば、20121月の酸素ガスの生産能力は13.87m3/月、稼働率63%、液体酸素の生産能力は1.1m3/月である。これから、キリのいい数字として概略100m3/年とした。
  この数字は、産業ガスの業界団体であるJIMGAや業界誌の統計と比べるとかなり大きい(2014年のJIMGAの統計では20.6m3/年)。経済産業省の統計は、酸素製造の自家使用などを含めた国内の生産能力値であり、産業ガス業界の販売量とは大きく異なっている。ビジネスの規模としては、業界の統計資料を用いるべきであるが、資源量と経済規模の関係を考える場合には、全ての酸素製造装置の生産規模から、概略100Nm3とした。

   ネオンは空気中に18ppm存在し、空気以外に資源がないため空気を分離する時に製造することが可能である。ただし需要が少ないため、ほとんどの深冷空気分離装置がネオン回収装置を持っていない。ネオンの利用方法としてよく知られるのが「ネオンサイン」(ネオン広告塔)である。ネオンガスを微量封入した管に放電すると明るい橙赤色の発光が得られ、エア・リキード社を創設したジョルジュ・クロードがネオン照明器具を発明(1910年)、事業化に成功し、ネオンサインが広く知られるようになった。最近では、大陽日酸(株)が、ネオンを冷媒とする高温超電導機器用冷凍機を開発している。
   クリプトンは空気中に1ppm、キセノンは87ppbと極めて微量にしか含まれていないが、空気以外に資源がみつかっていないため、空気分離装置によって製造されている。このふたつの希ガスは、深冷空気分離装置内の液体酸素中に溶けているので、これを集めて濃縮することができるが、原料中に少なく、大量の液体酸素を処理しなければならないため、全ての深冷空気分離装置で製造されている訳ではない。
   ラドンは、ウランやトリウムなどを親物質として天然に存在する希ガスである。親物質は、花崗岩や土壌中の鉱物中に普遍的に存在し、生成されるラドンが空気中に放出されるので、地球上のいたるところにラドンが存在するが、最も寿命が長い核種でも半減期が3.8日と短く、空気の成分としては示されない。ラドンは希ガスであるが、安定同位体が存在しないため、産業ガスの取扱商品とはなっていない。
 地下水中のラドン濃度測定が、地下構造の解明や地震研究などに利用されており、欧州や日本にはラドン温泉があるため、ラドンという元素は、比較的名前がよく知られている。近年、ラドンによる健康への影響調査が進んできたため、国際保健機関(WHO)もラドン被曝(主に吸引による内部被曝)を防ぐためのラドンハンドブックを発行するようになった。ラドン被曝は、屋外よりも屋内での影響が大きいとされ、米国、英国、スイスなどでは住宅の売買に際して室内のラドン測定値が考慮されることになっている。米環境庁(EPA)では一般消費者向けのラドン低減ガイドラインを出してラドン被曝を低減するための施策を公開しており、ラドン被曝低減のためのアドバイザーもおかれている。低濃度、低線量であってもラドンの吸引は有害であるのでできるだけ避けるべきであるというのが、欧米の主流である。
 日本でも、ラドン被曝の研究はされているが、欧米とは地質や建築物の環境が異なることもあって、あまり高い関心がもたれていない。屋内ラドン基準などは制定されていない。