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第26回 理想気体の科学(3)大気と空気 C酸素の資源量
 2017/11/19
修正 11/20

  現在の空気の組成は、全体を100とすると、概略、窒素78、酸素21、アルゴン1である(78.08%、20.95%、0.93%)。これを原料(原料空気)として、深冷空気分離装置で蒸留分離すると、製品として、およそ窒素20〜40、酸素20、アルゴン1が(同時に)生産できる。合計が100にならず、残りは排ガスとなる。これは、分離技術の基本的な仕組みのようなもので、全製品の収率を100%にすることはできない。ただし、排ガスであってもその組成はほぼ窒素に近い。しかし、全ての製品がほぼ純物質として取り出される空気分離装置では、アルゴンや酸素が微量混じったものは、製品とはせずに、製造プロセス中の再生ガスとして使用している。
   空気を原料として、酸素、窒素、アルゴンを製造する産業は、空気から酸素を取り出す「ブリン・プロセス」から始まった。ブリンプロセスは高温の化学反応を用いるものであったが、その後、はるかにエネルギー消費の少ない蒸留分離法が開発され、その結果、酸素だけではなく窒素とアルゴンも製品として取り出すことができるようになり、空気を原料とする産業が、「産業ガスビジネス」となり、20世紀の工業生産を支えてきた。
   空気を原料とする産業が現れた時の規模は非常に小さなもので、おそらく1時間あたりの酸素製造量は10m3にも満たない程度のものであったと思われる。しかし、20世紀の産業の成長に伴って装置の規模が大きくなり、大型のものでは、1時間あたりの酸素製造量が、50000Nm3以上の装置も数多く建設されるようになった。ひとつの装置で、1日当たり1000トンから2000トンの酸素を製造するようになり、空気を原料とする産業は非常に大きくなった。当初は全く気にもしなかった空気資源であるが、 これは一体どのくらいの量になるのであろうか。
  地球は非常に大きく、人間の経済活動程度ではびくともしないとは思うが、計算をしてみることにする。
クラーク数
   フランク・クラーク(18471931年、米国)は、人類にとって手が届きそうな3つの領域、気圏、水圏、岩石圏(地圏)の構成元素を調査し、地球の資源量、元素の量を推定した(1924年)。
   クラークは、大学で物理と化学の教授を務めた後、設立されたばかりの米国地質調査所(USGS)の化学部長となり41年間、地球化学の研究に従事した。当時は周期表のほとんどの元素が発見されるようになり、多くの科学者が天然の元素の存在割合に興味を示すようになったが、クラークが77歳の時にまとめた「地球化学資料」の中に示した元素の存在比の数値は、ソ連の地球化学者から「クラーク数(Clarke number)」と呼ばれるようになった。
 
 図にクラーク数の気圏、水圏、岩石圏の概略の大きさを示す。地球の赤道半径からすると、気圏は10%近くあるが、水圏と岩石圏は非常に薄い。
  なお、現在では、クラーク数は、一学説に過ぎず、その精度や推定方法についても疑問符がつくようになり、別の統計が必要という指摘もあるが、過去は教育用の資料に広く用いられ、現在でも主要な元素については、数値の修正はわずかでよいという意見もある。ここでは、主要元素である「酸素」がどこにあるのかを考えるために、最もポピュラーな資源量であるクラーク数を利用することにする。
   気圏は、空気を含む大気圏、水圏は海洋や湖水、河川であるが、岩石圏は海面下10マイル(16km)とされた。地球物理の岩石圏(厚さは数10km〜数100km)に対してクラーク数の岩石圏はかなり小さいが、クラークは、この領域が人類がアクセス可能な限界であると考えた。クラーク数は地球の組成ではなく、(可能性として)人の手が届く地球表面の組成の推定値ということになる。クラークが、元素の量を推定してから100年近くたって、海洋資源や地下資源の探索は進んだが、人類はそのクラークが提唱した領域には、全く到達していないから、クラーク数の領域は、今でも全ての資源といえる。
 
 図に3つの領域の構成割合を示す。クラーク数は、元素の重量比で表される。

  全領域の93%が岩石圏であり、そのうち95%が火成岩(マグマが地上あるいは地下で冷えて固まったもの)、4%が頁岩(けつがん、シェール、堆積岩の1種)、0.75%が砂岩、0.25%が石灰岩(炭酸カルシウムを含む堆積岩)である。

  水圏は、地球表面の70%の面積を占め、全領域の6.9%を占める。水圏の97.5%は海水であり、海水中には塩化ナトリウムや塩化マグネシウムを始め、金やウランのような鉱物が大量に溶存している。
   ここで、およその水圏の体積が分かっている(1.4×109km3=1.4×1018m3)ので、水圏の質量を約1.43×1018トンと見積もると、3つの領域の総量は、約21×1018トンとなる。
 日常使う数値に比べてかなり大きいため、以下、1018トンを「1エクサトン」と呼び、同じ単位にそろえて値を比較することにする。
圧倒的に多い「酸素」
 
 図にクラーク数の上位10元素の割合を示す。
 水素は9位であるが、地下資源の燃料である炭素(0.08%14位)や空気の主成分である窒素(0.03%16位)は10位以内にも入っておらず、グラフには表されていない。
  圧倒的に多いのが酸素である。 酸素に続いて、ケイ素、アルミニウム、鉄などが多く、金属元素が多い。現在の地球表面は、これらの元素の酸化物などの化合物で覆われている。
岩石圏と水圏の酸素は化合物中、気圏の酸素は酸素分子として存在する
   岩石圏の酸素は、化合物の中にあり、酸素単独で存在することはないから、鉱脈があって穴を掘れば酸素が噴き出すというところはない。岩石圏には酸素の鉱脈はない。
   水の中の酸素(水中に溶存している空気の中の酸素分子ではなく、水分子を構成している酸素原子)は、水圏を真水として重量比、O/H2O16/18 0.89 とラフに計算すると、1.3 エクサトンとなる。
   気圏は、岩石圏や水圏に比べ非常にぶ厚い(体積が大きい)が、密度が小さいため、質量は全体の、0.03%に過ぎない。気圏の「風力」をエネルギー資源を考えると、非常に大きいが、気圏を物質資源と考えると、相対的には非常に小さく、気圏の質量は岩石圏と水圏に対して無視できるほどの量しかない。圧倒的に存在比が大きい酸素であるが、その大半は岩石圏(地下資源)と水圏(海水・海底資源)にあり、空気として保有される酸素はわずかである。しかも、多種多様な資源が含まれる地圏や水圏に比べると、気圏には、空気以外のものがほとんど何も含まれていないので、気圏を物質資源として考えることはほとんどない。
気圏の酸素量
   気圏の質量は、0.0062 エクサトンと計算される。
 クラーク数が示す資源量は、日常取り扱う数値に比べて桁外れであり、そもそも鉱物の研究が基礎になっているので、計算が少々不安になってくる。そこで、別の方法で空気の質量を求めてみることにする。
  海面付近の大気圧、101.3kPaは、大気の質量に地球の重力加速度を掛けたものを地球の表面積(5.1×108km2)で割ったものであるから、これから大気の質量を求めることができ、0.0053エクサトンとなる。これは、クラーク数の気圏の質量0.0062 エクサトンに近い。以下、気圏の質量もクラーク数の値を使うことにする。
   大気の質量の95%が、対流圏の空気と成層圏の大気であるから、全て空気と同じ濃度の酸素があるとして(重量比23%)、気圏の酸素の量は、0.0013 エクサトンと計算される。
クラーク数領域全体の質量 21 エクサトンの49.5%が酸素の量10.4 エクサトンであるから、これから水圏と気圏の酸素の量を差し引くと、岩石圏の酸素は、9.1エクサトンとなる。
 いくつもの仮定をおいたかなりラフな概算であるが、酸素の資源量を推定すると、
 
岩石圏:
9.1
エクサトン
水 圏:
1.3
エクサトン
気 圏:
0.0013
エクサトン
  となる。
   ここで、酸素の資源量は、数値の精度よりも、この数値の桁と相対値が重要である。
 最も大量に保有するのは岩石圏であり、酸素の90%が岩石圏にある。水も空気もない惑星や衛星で酸素を作ろうと思えば鉱物(酸化物)を分解して酸素を取り出すしかないが、これは技術的には相当に難しい。酸化物となっている鉱物を還元して、酸素原子をはがして酸素分子として取り出すためには莫大なエネルギーと困難な化学反応装置が必要になる。
   岩石圏から酸素を取り出すことは考えない方がよい。しかし、幸いなことに、地球は水の惑星であり、表面は大量の水に覆われており、水圏には莫大な量の酸素と水素がある。岩石圏より少ないが、水圏には1.3エクサトン、気圏の1000倍もの酸素がある。
 しかし、やはり気圏である「空気を原料にする」ことが最も容易でエネルギーを消費しない方法である。空気の中の酸素は化合物ではなく、空気という混合物を構成する酸素の分子として存在しているからである。水を分解して酸素を取り出す電気分解は簡単そうにみえるが、分離エネルギーと分解のエネルギーでは桁が違う(→「分解」と「分離」に必要なエネルギーの比較は別項)。
空気といえども有限の資源である
   しかし、こんなに少ない「空気」を原料にして産業が成り立つのだろうか。しかも、空気は生物が必要とする重要な気体であり、産業用の資源にするのはいかがなものか、という素朴な疑問も沸く。空気の量は十分にあるという計算が必要である。
  産業用に必要とされる酸素の量と空気に含まれる酸素の量を比較することにする。
 

  空気に含まれる酸素の量は、0.0013エクサトンと計算された。単位を変えると、1.3ペタトン、1,300テラトンとなる。
 日本の産業用の酸素生産量を年間100Nm3とすると()、その重量は、143kg0.143億トン=14.3メガトンとなる。世界の産業規模を日本の5倍と考えると、70メガトン酸素/(年・世界)となる。推定がかなり大雑把であるが、桁を評価するための数値である。
 テラとメガは6桁異なるから、空気中の酸素の量1,300テラトンと、産業ガスの酸素の年間生産量70メガトンを比較すると空気中の酸素量が 1300/70×106 すなわち約2千万倍あるということになる。
 これは、仮に、生産された酸素の全てが消費され、酸素のまま空気には戻らないと考えた場合、空気中の酸素が毎年2千万分の1ずつ減るという計算になる。窒素の生産量もほぼ等しいと考えると、空気中の窒素の量は酸素の約倍あるので、窒素は毎年8千万分の1ずつ減るということになる。空気の量がわずかに減少し、酸素濃度がわずかに減少することになる。

   この数字をどうみるか、酸素も循環しているので2千万年で使い切ると考える人はいないだろうが、空気中の酸素濃度が人為的に減るのであれば重大である。
 これを、自然界の酸素濃度変化と比較することにする。現在は、(人間の文明の時間スケールでは)ほとんど変化しないとされる空気中の酸素濃度であるが、国立環境研究所の報告によると、気候や植物の光合成などの様々な要因によって、トータルでは、年平均で、毎年4ppm程度の酸素濃度の減少が観測されている。
 空気中の酸素濃度の測定が行われている理由のひとつは、空気中の二酸化炭素の変化を調べるためのものであったという。光合成と呼吸では1.1倍、燃焼では1.4倍の酸素が交換されるので、酸素濃度の変化が二酸化炭素の変化の予測に利用できないかという目的から観測が実施されたという。
 夏と冬の酸素濃度の変化が大きいが、平均をとると徐々に低下していることがグラフより分かる。ここで4ppmという値は、空気中の酸素濃度の変化量であるから、酸素濃度21%に対しては、5万分の1である。もし過去15間の観測されたペースがずっと続くとすると、5万年で空気中の酸素がなくなるという計算になる。
   一方、同じ環境研究所の報告では、地下資源として存在する化石燃料を全て空気中の酸素で燃やしても空気中の酸素の0.5%しか消費されないという計算もあり、酸素濃度の低下がこのままの速度で進むとは考えられてはいない。10年ほどの観測から5万年後を正確に予測することなどできないのである。
  観測の結果、酸素濃度の変化から二酸化炭素の挙動を推測することは難しいようであり、現時点では、酸素濃度の低下よりも二酸化炭素の増加の方が環境への影響が大きく、空気中の酸素濃度の変化は、環境にほとんど影響を与えていないと評価されている。
 産業ガスとしての酸素の製造の影響を2千万分の1と見積もると、自然界の酸素濃度の変動である、5万分の1の方の方がはるかに大きいが、それでも全く影響が考えられないということは、それだけ空気中の酸素の量が多く、人間の経済活動の大きさとは比較にならないということになる。
   空気中の酸素の資源量は、人間の経済活動からみると莫大であり「無尽蔵」と言うことができる。