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第30回 エネルギーの発明(2)解析力学
 2017/11/26

エネルギーの定義(定式化)
 エネルギーを、ぼんやりとした言葉や哲学的な概念ではなく、科学の概念として理解するための手法は、定式化である。
  科学では、理解しにくい概念を分かりやすくするために、数学を利用して法則を定式化したり、数式で定義したりといったことがよく行われる。一部の天才の頭の中でしか理解できないことを、一般の人が理解できるように数学が利用されている。
    ヴィンチェンツォ・ガリレイは自然現象の記述に数学を用い、その影響を受けた息子のガリレオ・ガリレイは、純粋数学を実際の科学に用い、実験結果を数値や数式で表すことを始めた。多くの人がこれにならい、16世紀の中頃からは、科学の説明に、数学や数式がよく用いられるようになった。17世紀以降に現われる科学(物理、化学)、生物学やその他の実学(工学、医学)などほとんどの自然科学が、数学の助けなしには成り立たない。
エネルギーを含む数式、エネルギーによって記述される法則や定理などが非常にたくさんあるが、しかし、これがエネルギーであるとずばりと定義する式はあまり見かけない。実体がなく分かりにくいエネルギーが数式によって分かりやすくなるだろうか。
    ニュートン力学を再定式化した解析力学のひとつハミルトン力学では、「エネルギーに対応する物理量」として定義されるハミルトニアン(ハミルトン関数)がエネルギーの定義や説明に用いられる。
ニュートンの時代には、エネルギーという概念そのものがまだ確立していない。
  オリジナルのニュートン力学は、記述が直感的であり数学的(解析的)ではないため、ラグランジュやハミルトンのような数学者たちがこれを再構築し、その中で新たに導入されたエネルギーを議論した。ニュートン力学は、まだ錬金術(魔法)と科学の境界があいまいな時代に生み出されたもので、同時代のボイルの法則と同様、非常に簡単な数式で記述されている。中高生でも理解できる数式は、直感的に現象の理解を助けるが、実際に何かの問題を解こうとすると使いにくいことが多い。
    たとえば、ニュートンの運動方程式は、ベクトル方程式でありデカルト座標系であれば、簡単に記述できるが、その他の座標系では煩雑な座標変換を必要とする。そこで、ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ(1736〜1813年、フランス)は、一般化座標によって記述されるラグランジュ形式の力学を構築した(1788年)。これは、ラグランジュ力学と呼ばれ、物理学を数学(解析学)によって、より扱いやすくしベクトルの方程式をスカラーで記述することなどが可能となる。
  欠点としては、座標や力、エネルギーといった物理量が、直感的には見えにくくなるということがあり、現象と数式が直感的につながらないが、数学的に洗練されることによって、様々な物理量の定義などが厳密に行え、エネルギーはラグランジアンと呼ばれる関数に置き換えられて定義された。(ラグランジアンそのものは物理的な意味を持たない)
  ウィリアム・ローワン・ハミルトン(1805〜1865年、アイルランド)がさらに解析力学を発展させてハミルトン力学を構築した。ハミルトン形式もラグランジュ形式と同様にエネルギーをハミルトニアンで表現した。解析力学が優れている点は、ニュートン力学を数学的に取り扱ったということだけでなく、量子力学や20世紀以降の非ニュートン力学の記述にも利用できるという点である。
 エネルギーの記述は、古典力学だけでなく現代力学においても非常に重要であるが、ラグランジアンとハミルトニアンは古典力学(この場合は関数)と量子力学(この場合は演算子)においてエネルギーを表現するようになり、一般的には次のような形で記述される。
      
      
   ここでT:運動エネルギー、V:ポテンシャルエネルギー、t:時間、q(t):一般化座標、p(t):一般化運動量。
 ラングランジアンやハミルトニアンはエネルギーを表現するものであるが、エネルギーそのものではないため、この定義式自体は、エネルギーを定義していない。エネルギーの定式化は、ここが出発点になる。(ラグランジェがエネルギーを表現する関数ラグランジアンを定義したのは、トマス・ヤングが「エネルギー」という言葉を提唱するのよりも少し早い。したがってヤングはいきなりエネルギーという概念をいきなり発明したのではなく、その少し前から新たな概念は始まっている)
解析力学による再構築
    モーペルテュイとオイラーが発見した「最小作用の原理」は、「全ての物理法則は、作用積分を最小にするように運動する」という重要な指導原理である。物理学における最も基本的な原理であるが、そこで表現されている「作用」の定義は、意外に直感的ではない。作用は、エネルギーと時間の積の次元を持ち、SIでは、ジュール秒 (Js) で表される。ここでいう「作用」とは、「ラグランジアンの時間積分」を意味している。
   オリジナルのラグランジュ力学は、古典力学を解析的に記述したものであるが、その後、電磁気学、相対性理論、量子力学に応用することができるようになり、ラグランジアンは、ラグランジュ力学におけるエネルギーだけでなく、広く物理学のエネルギーを記述する関数となった。その結果、古典力学から相対論、量子論まで多くの法則、それを記述する方程式が、最小作用の原理とそれぞれの現象に対応するラグランジアンから導出され、物理学の多くが非常に簡潔に記述されるようになった。(数学的に簡潔になることの引き換えに、観測される現象が直感的ではなくなる)
   ほとんど数式らしい数式の記述がなく、理解や説明が難しかった17世紀のニュートン力学は、解析力学の登場にによって初めて使えるものになった。ラグランジュ力学を創始したのはオイラーと並ぶ18世紀世紀最大の数学者、ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ(1736〜1813年、イタリア・フランス)であり、ハミルトン力学を創始したのは、四元数を発見した19世紀の数学者、ウィリアム・ローワン・ハミルトン(1805〜 1865年、アイルランド)である。
 ラグランジュ力学とハミルトン力学は、系の持つ多くの性質を表す物理量を、それぞれエネルギーをラグランジアン、ハミルトニアンとして表現することによって構成されており、「エネルギー」は力学において極めて重要な概念となった。
エネルギーの定義
   エネルギーの様々な形態、たとえば、運動エネルギーやポテンシャルエネルギー、熱エネルギーなどを数式で示しているものをよく見かける。しかし、エネルギーそのものの定義式というのはなかなか見かけない。エネルギーには実体がなく、つかみどころがないだけではなく、式で示してもよくわからないもののようである。
  ここで、『マンガでわかる素粒子物理学”(うるの拓也著、KEK監修、学研)』の中に示されたエネルギーの定義式を示すことにする。本書は、中学生を対象としたKEKWeb連載漫画を書籍にしたものであるが、この本の導入部、第1章 第1話 「エネルギーってナニ?」に中学生に説明するエネルギーの定義がある。
 KEKを探検する子供たち(カソクキッズと言う)の最初の課題は、「エネルギーとは何か」というとても重い課題である。何といってもKEKEはエネルギー、高エネルギー・加速機研究機構(高エネ研)の「エネルギー」の意味が分からないと始まらないのである。
  様々な議論の中、登場人物のひとりフジモト博士(モデルは実在の人物らしい、男性の研究員)は、ホワイトボードに向かって物理学の式を展開し、ラグランジアンLが時間に対して一様であるという条件から数学的に導出した次の式の時間微分の「かっこの中のものをエネルギーとよぶ」と宣言し、エネルギーを定義する。
     
 

 ここで、は 一般化座標、Lはラグランジアン、tは時間であり、ドットは時間による微分を表わしている。ラグランジアンはエネルギーを表現する関数である。

   この式のカッコの中が「エネルギー」である。これを「エネルギーと呼ぶ」と決めたのだから、これが、エネルギーとは何?という問いの答えである。しかし、フジモト博士の数式によるエネルギーの定義は、カソクキッズの誰からも理解されていない。
   一般化座標は、ニュートン力学を再定式化した解析力学において、一般化運動量とともに基本変数として用いられるもので、ここに示された、ラグランジアンは一般化座標による系のエネルギーに対応した関数である。フジモト博士は、このラグランジアンと一般化座標を用いて「これをエネルギーと呼ぶ」とはっきりと定義し、正体不明のエネルギーを解析力学と数式で「簡単に」示したことになり、物理学の流儀に従って、最も基本に忠実にエネルギーを説明したということになる。
 中学から高校までに習うニュートン力学には、ほとんど数学のようなものは出てこない。しかし、解析力学やラグランジュの運動方程式は、大学で教えるものなので、普通の中学生であるカソクキッズたちは、ここで使われている記号の意味を習っておらず、フジモト博士の説明には、相当無理がある。(フジモト博士は子供たちの方を見ずに、ひたすら板書をしているようにも見える)
  解析力学に現れる関数は、物理現象を数学の関数や演算子で表現するため、直感的な理解は難しくなるが、数学的には洗練され、「使いやすく、理解しやすい」のが特徴である。フジモト博士のエネルギーの定義もその流儀に従って数式を使って説明しているので、形式的に簡潔にはなっているが、エネルギーの理解は少しも簡単になっていないようにみえる。
   フジモト博士は、ラグランジアンが、ニュートン力学だけでなく、量子論や相対論におけるエネルギーの表現に使用できることを利用して、このエネルギーの定義式を相対論的粒子に対して適用、わずか数行後には、(やや展開に無理があるように見えるが)を導く。エネルギーと質量が等価であるというこのアインシュタインの特殊相対性理論の式は、理系以外の人でも知っている20世紀で最も有名な式であり、中学生であるカソクキッズも知っている。このシーンのオチは、エネルギーの定義式があれば、アインシュタインでなくても(簡単に?)この式が導出できるというものである。
   作者は、カソクキッズや読者が、解析力学におけるエネルギーの定義を理解できると思って書いているとは思えないが、日常会話にあまりも簡単に出てくる「エネルギー」という言葉は、実は非常に難解なものであって、分かり易く書いたはずの式も、実はきちんと勉強をしていかないと分からないというところが、高エネルギー研究の探検物語の導入部になっている。
 話しは、この後、高エネルギーを使えば、ミクロな世界や宇宙のかなたを見ることができる顕微鏡ができることを示し、物質や宇宙の謎に挑む冒険が始まる。時には、KEKの元機構長の小林誠先生が登場し、ノーベル物理学賞を受賞した「CP対称性の自発的破れ」の説明やダークマターの話に進むが、はじめのはじめ、KEKE、「エネルギー」は、非常に大きな命題となっている。