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第41回 2−4 希ガスの科学(5)

 2017/12/30
    2−4−6 ヘリウムの資源と製造  

(1)ヘリウムの資源
 地球のヘリウム供給源は、ウラン系列のα崩壊であり、地球上で最初にヘリウムが発見されたのもウラン鉱石である。しかし、産業用に採取されているヘリウムはウラン鉱山やトリウム鉱山(レアアース鉱山)に付随して産出されているのではなく、天然ガスの中から採取されている。
   地殻中で生成するヘリウムの多くが大気中に拡散するが、一部は、地下の天然ガスの中から高い濃度で発見されており、産業用に採取されるヘリウムは、これが資源となっている。ヘリウムは、天然ガスの副生品として生産されており、ヘリウム単独のガス井はない。
 ヘリウムが地下資源として最初に発見されたのは米国である(1903年)。米国のカンザス州で石油掘削のためのボーリング中に不燃性のガスが発見され、その中に1.8%のヘリウムが含まれていることが判明、地下に大量のヘリウムが存在することが突き止められた。
 ラムゼーが、ヘリウムを発見したのが1895年である。ラムゼーが貴重なクレーペ石をやっと手に入れ、わずかな量のヘリウムを採取、分析に成功してから、10年もたたないうちに、大量のヘリウムが地下資源として見つかったのである。
   表に天然ガスに含まれるヘリウム含有量を簡単にまとめる。出典が複数あり、2008年の一般社団法人ロシアNIS貿易会の資料(2003年の米BLMのデータを含む)、経済産業省の報告書、1989年出版の文献などから引用するため、統一されたデータではなく、条件や表示法は揃っていない。ヘリウムの含有量は、ガス田によって様々であるが、当然のことながら、ヘリウムを採取している天然ガス中のヘリウム濃度は、空気中の濃度5ppmよりはるかに高い。
 

天然ガス中のヘリウム含有量(%)(出典は複数)

地域(データの出処)

ヘリウム

メタン

窒素

BLMのデータ(2003年)

オクラホマ州

 

 

 

 

キース

1〜2.7

 

 

 

パンハンドル

0.15〜2.1

 

 

 

ヒューゴトン

0.2〜1.2

 

 

 

パノマ

0.4〜0.6

 

 

ワイオミング州ライリー・リッジ

0.5〜1.3

 

 

欧州など(文献データ、"Separation of Gases",W.H.Isalski,1989

 

ポーランド

0.4

56.0

42.75

 

オランダ

0.045

81.3

14.35

 

フランス

0.001

97.1

0.3

 

北海(ルマン・バンク)

0.030

94.7

1.3

 

ドイツ(ヴストロ)

0.040

42.5

56.3

 

米国カンザス州

2.000

 

23.0

 

米国テキサス州(回廊地帯)

0.700

73.2

14.3

カタール

0.050

 

 

ロシア(オレンブルグ)

0.055

 

 

ガスプロムの東シベリアのデータ(年3m3の生産ポテンシャル)

ソビンスコ−パイギンスコエ(エヴェンキ)

0.58

65.20

25.2

ヤクーチヤ(年1.5m3の生産ポテンシャル)

 

 

 

 

チャヤンディンスコエ

0.58

84.45

7.62

 

ニジネハカキンスコエ

0.50

89.57

4.00

 

スレドネ−ボトゥオビンスコエ

0.41

86.36

4.18

 

タアス−ユリャフスコエ

0.39

85.87

5.66

 

ヴェルフネエ−ヴィリュチャンスコエ

0.17

85.33

8.50

イルクーツク州

 

 

 

 

ドゥリシミンスコエ

0.26

78.03

3.74

 

コビクタ

0.26

90.34

1.55

空気中

0.00052

 

78.1

    高い濃度のヘリウムが、偶然、天然ガス中に見出されたが、そのガス田は、一部に限られる。同じ希ガスであり、放射性物質の崩壊によって生成されるアルゴンとヘリウムであるが、ヘリウムは、どこでも入手可能な空気に含まれるアルゴンとは正反対の極めて偏った資源である。
 リンデ社などが天然ガス田からのヘリウムを分離したのが、産業としてのヘリウム生産の始まりとされている(1918年)。
 20世紀初頭、ヘリウムは、発見されたばかりで、その産業利用は確立しておらず、市場も形成されていなかった。しかし、米国は、この新元素ヘリウムが将来、国家戦略物質になると考え、1925年にヘリウム法を制定して国家管理で生産・備蓄を開始した。もしこのような施策がなければ、ヘリウムは天然ガス中に含まれる役に立たない不燃性のガスとして捨てられることになっていたはずである。
  米海軍が中心となってヘリウムの採取、精製が行われ、米国政府の国家管理下でヘリウムの採掘、備蓄、輸出規制が行われた。
気球の浮揚ガスとしてのヘリウム利用
   当時は、飛行船は、水素ガス浮揚式が主流であったが、米国ではヘリウム浮揚式飛行船が建造された。水素の方が飛行船の浮揚ガスとしての浮揚力が大きいが、米国では、取り扱いが容易なヘリウムが使用されたのである。
 有名な飛行船ヒンデンブルク号(ドイツ・ツェッペリン社)の事故(1937年)以降、水素ガス浮揚式飛行船は建造されなくなった。
 米国ニュージャージー州で起こったヒンデンブルク号の事故は、水素ガスが原因ではないが、衝撃的な映像が世界に発信され、水素が危険なものというイメージが広まってしまったことから、客船に使用できなくなったのである。そして、第二次世界大戦の勃発とともに無防備で危険な水素浮揚式飛行船は全て廃止されてしまった。
 米国は、ヘリウムガスを独占し、ツェッペリン型飛行船をヘリウム浮揚式で運用したが、悪天候による事故などによって、ヒンデンブルク号よりも多くの犠牲者を出した。水素飛行船が危険な乗り物と思われたことがあるが、結果だけをみるとヘリウム飛行船も危険な乗り物であった。
 ヒンデンブルク号の事故をきっかけに、米国も硬式飛行船から撤退、飛行船の時代が終焉して航空機による輸送が主流になっていった。シャルルが実用化し、様々な研究に活躍した水素気球は、大型の飛行船にまで発展していたが、現在は水素気球も大型の硬式飛行船も建造されることはない。空気の浮力を利用した空の乗り物は、用途を限定されたヘリウム浮揚の小型の軟式飛行船とスポーツ・娯楽用の熱気球だけである。
 ヘリウムはその後、大きな需要や産業利用がないままであったが、米国では、冷戦や宇宙開発競争などを背景に、ヘリウムの国家管理を続けた。
米国によるヘリウムの大量備蓄
   ヘリウムの生産は、ビジネスとはならなかったが、米国鉱山局(USBM、現在は米国土地管理局、BLM, Bureau of Land Management)は、民間の天然ガス精製工場からヘリウムの回収を続けた。
 天然ガスの採掘・販売は、民間のガスビジネスであるが、ヘリウムは国家管理されてきたため、ヘリウムの関連資料には、このBLMという名前が頻繁に出てくる。
 もし、何もしなければ、天然ガス中のヘリウムは、利用されないまま空気中に拡散してしまうが、米国が法律を作り、国家管理を行ったため、天然ガスから回収された大量のヘリウムが備蓄された。
  おそらく純粋なヘリウムであれば、これが漏洩しないような気密性の高い巨大な貯槽を作ることは経済的に困難であったと思われるが、米国では、窒素ガスを含む「粗ヘリウムガス」を、特殊な地層を利用した広大な地下施設に貯蔵、莫大な量のヘリウムを長期に渡って備蓄することが可能になった。
  飛行船が廃止された後も、20世紀後半からは、ヘリウムの用途開発が進み、溶接用、半導体産業用などにヘリウムの利用が広がった。ヘリウムはハイテクを支えるガスのひとつとなっていった。
  米国では、天然ガス田からのヘリウムは備蓄されるだけでなく、精製され、米国から世界各地に輸送・供給されるようになった。ヘリウムの生産量は、天然ガスの生産に依存するため、不足する時は、大量に備蓄されてきたガスを払い出すことによって、安定供給が保たれている。
 
 図に、2012年の世界のヘリウムの生産量を示す。
天然ガスからのヘリウムの直接生産と備蓄しておいたヘリウムの払い出しによって、ヘリウム供給が行われるようになり、現在のヘリウム市場が出来上がっている。
  全体の
76%を米国が供給しているが、備蓄ヘリウム払い出しは34%を占める。
 
 図に世界のヘリウム市場規模を示す。
  米国、欧州、日本の市場が大きいが、半導体産業に力を入れている、中国、韓国、台湾の市場も大きい。
   多くの天然ガス田は、気密性の高い岩盤の中にメタンを中心とした可燃性ガスが貯留されているが、天然ガスとひとことでいっても、「合成ガスではない天然に存在する可燃性ガス」を総称して呼んでいるため、その成因も組成も様々である。
 地殻中のウランから発生したヘリウムの多くは、大気中に拡散し、窒素や酸素に混じって、空気の成分として5ppmの濃度で存在しているが、一部のヘリウムは、大気中に拡散せずに、天然ガス中の不燃性の不純物として、混合ガスの状態で地下に留まっており、その濃度は、空気中の濃度よりも高く、空気から回収するより、はるかに効率のよい資源として存在している。
   採算性という点では、ヘリウムの含有量が多い天然ガスが有利であるが、BLMではヘリウム濃度が0.3%以上のものを「ヘリウム含有天然ガス」、それ以下は「ヘリウムを含まないメタンガス」として取り扱っている。なお、窒素含有量が多い場合は、ヘリウムと同時に窒素も製品として回収されることもある。
 前述の表中のポーランドのガス田は、ヘリウム濃度が、0.4%と低いが、12.5m3/hの天然ガスから500Nm3/hのヘリウムを回収でき、これは、当時の西ヨーロッパのヘリウム消費量に匹敵したという。 現在、ロシアではオレンブルグ工場のみが稼働しているがヘリウム含有量は、0.055%とかなり少ない。これに対して東シベリアのガス田のヘリウム含有率はかなり高い。
 天然ガスに含まれるヘリウムの濃度によって採算性が大きく異なるため、埋蔵量は、可採埋蔵量とベース埋蔵量に分けて調査されることになっている。
 
  図にヘリウムの可採埋蔵量を示す。
米国地質調査所(USGS)の公表値によると、現在の市場価格で技術的・経済的に採算がとれる「可採埋蔵量」は、濃度0.5〜3%のヘリウムを含む天然ガスとされ、75m3と推定されている。 53%が米国、24%がアルジェリア、23%がロシア、この3か国以外のものは、詳細不明とされている。
 
  図に示す「ベース埋蔵量」は、経済性を考慮せずに技術的に採取可能なガス田を含んだもので、合計490m3と推定されている。この場合も米国が41%、アルジェリア17%、ロシア14%と3か国が大きいが、カタール20%、その他にカナダや中国などが含まれる。ヘリウムの消費量の増加や、新たなガス田の稼動、埋蔵量の変更など先行き不明な点は多いが、現在の世界のヘリウム消費量から単純に計算すると、ベース埋蔵量は288年分になる。
    近年注目されているカタールの天然ガス中のヘリウム含有量は、0.05%と米国のガス田に比べるとかなり少ないが、ガス田の生産規模が大きいこと、天然ガスの多くがパイプラインではなく液化されてLNGとして出荷されていることなどから、精製・液化の設備が整っており、ヘリウムを回収しても採算が可能とされており、既に生産が始まっている。
  カタールIプロジェクトでは、LNGトレイン8基からヘリウムを回収、年産1940m3、カタールIIプロジェクトでは、LNGメガトレイン6基から年産3610m3と計画されている。
 
   図に2003年の米国のヘリウム埋蔵量の内訳を示す。米国のヘリウムガス田が徐々に減産に向かっている中で、ワイオミング州のライリー・リッジは安定期に入っており、埋蔵量としてもワイオミング州の割合が多い。
  ヘリウム資源は、米国に偏っているが、その中でもさらに特定の地域に偏っている。
   日本は、これまで大半を米国からの輸入に頼ってきたが、今後は、ヘリウム含有量の高いロシア東シベリアガス田での生産も期待されている。
ヘリウムの産出は、米国に偏っているが、さらにカンザス州、オクラホマ州、テキサス州西部の地域のガス田に限定されている。また、ヘリウムの含有量が多いといっても3%以下であるから、ヘリウムだけの生産設備は存在せず、天然ガスの生産が行われないとヘリウムも生産されないという経済的な仕組みがある。
 したがって、もし石油や天然ガスの価格が低迷して、この地域の天然ガスの生産が落ちるとヘリウムも生産されなくなるということになる。シェールガスのような天然ガスの生産が増え、その分ヘリウム含有ガス田の生産量が落ちるとヘリウムの生産量も落ちることになる。空気中に1%弱含まれるアルゴンは、深冷空気分離装置における酸素と窒素の副生品であるため、酸素や窒素の需要が落ちればアルゴンも生産ができなくなる。ヘリウムも天然ガスの副生品であり、それ自体の需給関係だけでは、簡単に生産量を決めることができない構造になっている。
   
   ヘリウムは、その特殊な需給の仕組みによって市場が形成されており、過去に何度か需給逼迫の事態が生じている。
  2002年、米国の主要29港のロックアウトによりコンテナ船の遅延が発生。2007年には、BLMの天然ガスパイプラインの故障とエクソン・モービルの精製工場のトラブルが重なり供給制限が起こった。この時は、ヘリウムから窒素を除去するPSA装置や粗ヘリウムの二酸化炭素除去装置が故障したため半年間に渡って減産が行われた。
  ほぼ同様のトラブルが2011年にも発生、2012年にもBLMとエクソン・モビルの定修トラブルや港湾ストライキなどでヘリウムの減産が生じている。度重なるトラブルだけでなく、米国政府のヘリウム事業の民営化へ向けて貯蔵ヘリウムの備蓄払い出し停止計画など、不安定要因があって、世界的なヘリウム供給リスクが認識されるようになっている。
   表に現在の主なヘリウム生産地を示す。
 

現在の主なヘリウム生産地

地域・ガス田

年産千万m3

備考

米国

 

142,000

世界の生産の80%が米国

豪州

ダーウィン

4,200

2010年稼働

カタール

カタールI

19,400

2005年稼働

カタールII

36,100

2013年稼働

カタールIII

 

計画中

アルジェリア

スキクダ

16,600

ヘリウム精製液化プラント。
液体ヘリウム2,233Nm3/h
液体窒素3,334Nm3/h、ガス窒素1,334Nm3/h

アルヅー

16,600

ガスパイプライン整備に伴い低稼働

ポーランド

オドラヌフ

2,800

かなり小規模となっている

ロシア

オレンブルク

6,400

現在ロシアで唯一の工場。縮小傾向

東シベリア

開発計画中

ヘリウム含有率が高い。

  表にヘリウムとその他の希ガスの特徴をまとめる。
 

希ガスの特徴の比較

希ガス

原子番号

名前の由来

同位体数

安定同位体数

沸点K (1atm)

化合物と利用例

ヘリウム

2

太陽

10

2

4.22

水素化ヘリウムイオン

ネオン

10

新しい

19

3

27.07

ヘリウムネオンレーザー

アルゴン

18

不活性

24

3

87.30

フッ素水素化物
アルゴンエキシマレーザーに利用

クリプトン

36

隠れる

31

5

119.93

フッ化物、包接化合物

キセノン

54

馴染まない

38

9

165.03

酸化物など
安定同位体が多い

ラドン

86

ラジウムから生まれる

34

0

202.00

フッ化物がある
安定同位体がない

  表にヘリウムとアルゴンの比較を示す
 

アルゴンとヘリウムの比較

 

アルゴン

ヘリウム

空気中の濃度

9,340ppm

5.24ppm

空気分離における圧縮空気中の量(年間・日本)※

53,000Nm3
94.5万トン)

30Nm3
54トン)

日本の年間消費量

24,000Nm3
42.8万トン)

1,500Sm3
2,600トン)

世界の消費量

 

17,000Sm3

起源

40KEC崩壊による40Arrの生成

ウラン系列(238U)のα崩壊による4He

原料・資源

空気中に1%近く存在

空気中にはごく微量。
一部の天然ガス中に微量含まれる

製造

空気分離。基本的にどこでも生産が可能。

天然ガスから分離精製。
生産地は限定される。

備蓄

セパレートガスは、基本的に大量在庫を持たない。

大量の備蓄とその払い出し量が市場をコントロール

貯蔵

液体アルゴンとして貯蔵

基本的に長期の大量保存は困難。米国では粗ヘリウムガスを地下備蓄。

輸送

液体アルゴンあるいは高圧ガス容器(シリンダー)

長距離輸送は専用の液体ヘリウムコンテナを使用。
小分けは高圧ガス容器。

消費

酸素・窒素は地産地消、アルゴンも基本的には生産地の近隣で消費される。

ヘリウムの生産地は限定され、消費地から遠隔となる。

埋蔵量※※

空気中に72テラトン、40ペタNm3
(空気中の酸素量を1300テラトン=910ペタNm3として空気の量を4330ペタNm3と推定)

天然ガス中の可採埋蔵量:75Nm3/(3ヵ国)
天然ガス中のベース埋蔵量:490Nm3
空気中に22テラNm3、左の表の空気の量から推定

枯渇性(日本の消費量との比較、生成速度は考慮せず)

17万年分。基本的に無尽蔵。

天然ガス中のヘリウム可採埋蔵量は500年分、ベース埋蔵量は3200年分

枯渇性(現在の世界の消費量との比較)

3万年分。基本的に無尽蔵。

天然ガス中のヘリウム
可採埋蔵量は44年分
ベース埋蔵量は288年分
空気中におよそ13万年分

※経済産業省発表の酸素の年間生産量128Nm3を生産する時に570Nm3の原料空気を圧縮するものとして計算。酸素の生産量(設備容量と稼働率、自家消費量を含む)と販売量の統計上の数値はかなり異なるので、ここでは政府統計資料の生産量を使用した。Sm315℃の時の気体の容積