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第42回 2−4 希ガスの科学(5) その2
 2017/12/30
    2−4−6 ヘリウムの資源と製造  

(2)ヘリウムの製造
   天然ガス中のヘリウムは、原料の組成が様々であることと生産地が限られているため、その回収・分離精製技術は汎用的ではなく、あまり広くは知られていない。
 およそ図のようなプロセスで回収されている。
 
   原料天然ガスを前処理しコンデンセートとCO、水を除去、コールドボックスの中の分離装置でヘリウムを蒸留分離して粗ヘリウムを回収、残りを天然ガスパイプラインに戻す。
 粗ヘリウムを生産する分離装置や粗ヘリウムからヘリウムを分離精製する装置は、原料の組成やガス田の設備などの種々の条件によってそのプロセスが異なる。
   図に、天然ガス中の窒素濃度が低い場合の粗ヘリウム製造プロセスの例を示す。
 
  乾燥した原料天然ガスを熱交換器で冷却、重い炭化水素がコンデンセートとなって分離され、さらに冷却と膨張弁、(気液)分離器によってメタンを除去、蒸留塔でほとんどのメタンを除去して、粗ヘリウム(窒素とヘリウムの混合ガス)を製造している。
  ヘリウムは、単独では液化が難しいガスとして知られるが、混合ガス中のヘリウムは、窒素やメタンとの間に気液平衡関係があり「非凝縮性ガス」ではないから、窒素やメタンを選択的に液化してヘリウムだけを取り出すということはできない。ヘリウムの濃縮・回収には蒸留塔が必要である。
  天然ガス中の窒素の含有量が非常に多いプロセスでは、粗ヘリウムの製造にダブルカラムプロセスが用いられ、窒素も製品として回収されている。

(3)ヘリウムの貯蔵・輸送

   欧米やロシアでは、地下の空洞にガスを貯蔵することが広く行われており、夏場に生産過剰となった天然ガスを地下に貯蔵し、冬場に払い出すということが日常的に行われている。
 主要国では、エネルギー安全保障のために、2〜3か月分の天然ガスを地下備蓄している(大規模備蓄施設の数は米国400、欧州140)。これらの施設は地上で見られるガスホルダーとは規模が大きく異なり大量のガスを貯蔵・備蓄している。
   地下の貯蔵施設は、地震振動が地上よりも小さく安全性が高いため、日本向きのシステムと思われ、石油備蓄基地やLPG備蓄基地における地下貯蔵施設による備蓄の実績があるが、建設コストがかかることもあって、国策で整備されている石油備蓄基地でも採用数が少ない。日本国内の天然ガスに関しては、6施設あるが、いずれも小規模であり、法律によって輸入ガスは貯蔵ができないため、備蓄は行われていない。(鉱山法によって国内で生産された天然ガスは資源としての貯蔵は可能であるが、輸入された天然ガスは工業製品とみなされるため貯蔵ができない。ほとんどの天然ガスを輸入している日本では地下施設による備蓄は不可能)
   欧州・ロシア、米国では、電力網などと同様に重要なライフラインとして大規模な天然ガスパイプラインが整備されているため、地下ガス貯蔵システムが発達している。
 しかし、ヘリウムは、極めて漏れやすいガスである。ヘリウムの漏れやすさは、よく知られており、ヘリウムリークディテクタによる気密検査もよく知られている。したがって、ヘリウム単独では、天然ガスのような地下貯蔵は難しい。液体ヘリウムの温度は非常に低温であるため、これを大量に長期保存することは非常にコストがかかり、ヘリウムを液体ヘリウムとして大量に備蓄することは、ほとんど不可能である。
 通常は、ヘリウムの貯蔵は高圧ガス容器で行われるが、液体に比べるとかさばるため、これも大量備蓄は難しい。しかし、米国のテキサス州クリフサイド地区にある粗ヘリウム地下貯蔵施設では、「ブッシュ・ドーム」と呼ばれる特殊な地層を利用してヘリウムガスの長期・大量備蓄が実現している。
 混合ガスである空気の酸素や窒素は勝手に分離しないので、低地でアルゴンが濃くなったり、高地で酸素が薄くなったりしないことを示したが、窒素−ヘリウムの混合ガスである「粗ヘリウム」も、ヘリウムだけが、勝手に分離して漏洩・散逸することがない。純粋のヘリウムで大量に保有するよりも粗ヘリウムの方が貯蔵が楽であり、必要に応じて取り出して分離・精製すればよいということになる。
   米国科学アカデミーの資料によると、クリフサイド・フィールドの地層は、北と東が水面で遮断、南と西が多孔性尖滅トラップというガスの移動を抑制する地層で遮断されており、巨大な天然の貯槽を利用したヘリウムの長期備蓄が行われている。ガスの地下貯蔵では、出し入れができないクッションガス(内部の圧力を保持している残ガス)と出し入れができるワーキングガスというものがあり、ワーキングガス量が実質の貯蔵量になるが、ヘリウム貯蔵施設では、注入井から粗ヘリウムを注入すると中の天然ガスが押し出されてヘリウムが貯蔵される構造になっており、長期に渡って備蓄・払い出しが行われている。
   米鉱山局が石油技術誌(1967年)で示したデータによると、クリフサイドフィールド・ヘリウム貯蔵庫の政府所有地は50,000エーカー(20.2km2)、1929年の稼働開始時の貯蔵庫の圧力は、817psia(約56bar)となっている。極めて巨大なガス貯蔵庫である。よく比較に出される「東京ドームの面積」は0.0468km2であるから、東京ドームの430個分の面積を占めるガス貯蔵庫ということになる。
  東シベリアでも大規模なヘリウム生産が計画されているが、この中にも、地下ヘリウム貯蔵施設が検討されており、ガスの大量貯蔵には、大規模地下貯蔵が欠かせない技術となっている。
 天然ガスから回収された粗ヘリウムガス、あるいは備蓄(払い出し)粗ヘリウムガスを原料として、ヘリウム精製装置によって高純度ヘリウムが製造されている。
 ヘリウムの生産地は限定される一方、消費地は世界各地に広がるため、長距離輸送が必要であり、通常は、高圧ガスではなく、液化して輸送されるため、ヘリウム精製プラントには、出荷用のヘリウム液化装置が含まれる。
   ほとんどのヘリウムを米国からの輸入に依存している日本では、米国のヘリウム精製プラントで製造・液化されたヘリウムを船舶輸送で輸入しており、粗ヘリウムからのヘリウムの分離・精製・液化→米国内を陸上輸送→コンテナ積み出し・海上輸送→日本国内揚陸→ヘリウムのガス化・小分け充填、という行程(工程)でヘリウムが日本国内に流通している。
  液体ヘリウムの温度は、液体窒素や液体酸素よりもはるかに低温であり、コンテナ輸送中には冷凍機を使用しないため、深冷空気分離装置のコールドボックスに用いられるような常圧パーライト断熱やCE(液体酸素などの貯槽)に用いられる真空パーライト断熱とは異なる特殊な断熱構造を持つヘリウム専用容器(ヘリウムコンテナ)が使用されている。
   現在使用されている液体ヘリウムコンテナの代表的な仕様は、長さ約12.2m、液体ヘリウムの最大充填量は36.67m3 (9,686USガロン、容器の容積は40.74 m3)、高真空多層断熱構造で、液体窒素のシールド層があり、液体窒素タンク容積は1.65m3、液体ヘリウムへの侵入熱量は7.5Wと小さい。ヘリウムの「無放出断熱保持時間」は40日である。
(4)ヘリウムの液化
 

 空気の液化プロセスやJT効果のところで示したように、ヘリウムはJT膨張の逆転温度(反転温度、Joule-Thomson's inversion temperature)が低く液化が難しく、かつては、本当の永久気体(液化しない気体)とされていたことがある。
  図にヘリウムの逆転温度(反転温度)と圧力の関係を示す。横軸は温度、縦軸は圧力で、図の曲線の内側でJT係数が正となり、等エンタルピー膨張で温度が下がり、外側はJT係数が負となり、等エンタルピー膨張で温度が上がる領域である。最高逆転温度は、約43Kと非常に低く、少なくともこの温度よりも低い温度から膨張させないと温度は下がらないため、なかなか液化ができなかったということである。

 
   図に、その他のガスの逆転温度と圧力の関係を示す。
目盛は両対数で示している。窒素の場合、一般的な装置の温度と圧力が、逆転温度曲線の内側にあるため、通常の操作では、等エンタルピー膨張による温度低下現象を利用できる。水素では、曲線が窒素よりもかなり左の方にあり、予めかなりの低温にしておかなければ、等エンタルピー膨張で温度が下げることができない。
 
   図に圧力1atmの時のジュール=トムソン係数(JT係数)と温度の関係を示す。
窒素やアルゴンのJT係数が負になるのは、かなりの高温であるから、通常の使用では、膨張によって温度が上昇する状況は観測されない。
 
 

 逆転温度以下で、JT膨張を行うと分子間力に抗して分子間平均距離が増大するため、運動エネルギーが小さくなり温度が低下する。これが、通常、経験する膨張弁によるガスの温度低下である。

 

 これに対して、ガスの温度が、逆転温度よりも高い場合は、温度が高いために分子の押し合う仕事が優勢となり、膨張によって分子間の距離が広がった時に、逆に運動エネルギーが大きくなり、温度が上がるということになる。ヘリウムの場合、その温度が非常に低く、液化しにくいため最後まで残った永久ガスであった。
  理想気体には、JT効果がないことを示したが、理想気体は、分子間力がゼロなので、JT効果がないだけではなく、液化も固化もせず、ずっと気体のままである。もちろん、理想気体は実在せず、ヘリウムも4.22Kで液化する。

   ここまで、状態図の上で液化領域にあれば、窒素や酸素のような気体も液化するということを示してきたが、液化は、実在気体の分子間力によって説明される。
  分子間の結合のうち、結合、電荷、静電気力を除く結合をファンデルワールス結合と呼び、分子間に働く力のうち斥力を除く引力をファンデルワールス力と呼ぶ。ガスの液化が起こるのは、このファンデルワールス力(ほぼ分子間力ど同義)によって説明される。ファン・デル・ワールスは実在気体の研究からこの力を見出しており、実在気体は液化する。
 

 ファンデルワールス力の起源は、@双極子・双極子相互作用A双極子・誘起双極子相互作用B誘起双極子・誘起双極子相互作用と3つある。

@双極子・双極子相互作用
  極性分子(水、アンモニアなど)と極性のない分子(水素、メタンなど)では、物性がかなり異なるので、分子間力の大きさをイメージすることができる。共有結合の分子を構成する原子間では、価電子が共有されて分子が作られるため、全体の電荷は中性になるが、原子の位置が偏っている分は極性となるため、分子間に強い引力が生じる。水のように強い極性を示す分子の分子間力が強いことが、水の持つ様々な特性から理解できる。水の分子と水の分子の間には強い相互作用が働く。

A双極子・誘起双極子相互作用
  極性のある分子と極性のない分子の間では、極性のある分子によって極性のない分子に極性が誘起されて相互作用が起こる。

Bの誘起双極子間の相互作用は、
 ロンドン力と呼ばれる小さな相互作用である。
ロンドン力は、窒素やメタンのような無極性の分子間では主要な引力であり、アルゴンやヘリウムのような希ガスの原子間では唯一の引力となる。この誘起双極子は、分子の量子論的ゆらぎによって一時的に生じる電気双極子であり、完全に対称にみえる希ガスであっても電子の分布が一様でない確率が存在するため、ロンドン力が生じる。もし、ロンドン力がなければ、希ガスどうしには分子間力が働かず、単独では液化することができないことになる。

   19世紀末にガスの液化が研究された時、なかなか液化されない気体、酸素、窒素、水素などが永久ガスと呼ばれたことがある。熱力学や物性の研究によって、臨界点の存在があきらかになってから、酸素や窒素は液化されたが、逆転温度がかなり低い、水素、ネオン、ヘリウムは容易に液化されずに、本当の永久ガスと思われていた。その後、逆転温度の存在が分かってからは、酸素を液化(1883年、ヴルブレフスキ)、液体酸素で水素を予冷して水素を液化(1898年、デュワー)、液体水素でヘリウムを予冷してヘリウムが液化され(1908年、オネス)、ついに永久ガスはなくなった。これは、100年以上も前の話なので、永久気体という言葉自体を知らない世代も多いはずである。
  その後、フリッツ・ロンドン(ドイツ)が、分子間力の量子論的取扱いによってロンドン力を見出した(1927年)。ロンドンはその後、英仏米と移り、主に米国で超流動などの超低温研究を行っている。
  大きい分子の方がロンドン力が強いため、同じ希ガスでも、クリプトンやキセノンの分子間力は大きく、ヘリウムやネオンの分子間力は小さく、ヘリウムが最も液化しにくい。
  ロンドン力は分散力とも呼ばれるが、これは電子の存在確率が分散するということから来ており、分散=斥力ではなく、分散力=分子間力=引力であるので注意が必要である。
   現在実用化されているヘリウム液化装置は、液体酸素で水素を冷却してヘリウムを液化するということはなく、液体窒素、熱交換器、循環圧縮機、タービンなどを用いたプロセスが用いられている。
(5)液体ヘリウムの特異な性質と超低温技術
    液体ヘリウムには、量子効果が巨視的に現れる超流動(カピッツァ、1937年)があり、その特異な振る舞いがよく知られている。ヘリウムの特異な性質は様々な書籍に著されているので、ここでは簡単な整理をしておく。図にヘリウム(4He)の状態図を示す。
 
   左側の図は、ヘリウム以外の通常の物質の状態図、右側がヘリウム(4He)の状態図である。
  気体−液体−固体の3つの状態がする存在する点が三重点であるが、ヘリウムには通常の物質にあるような三重点がない。3つの相が共存するという定義であれば、三重点がないのではなく、逆に三重点が二つあることになるが、これを(2つの)ラムダ点と呼ぶ。
  ヘリウム(4He)には液相が2つあり、液体ヘリウムI(常流動相)と液体ヘリウムII(超流動相)がラムダ点を結ぶラムダ線をはさんで存在する。
  ヘリウムには、低圧の状態では固相が存在せず、理論的には、絶対零度でも加圧しないと固体にはならない。
 

 液体ヘリウムIIは、超流動性(粘性がない)と超熱伝導性(全く異なる熱伝導機構により熱伝導率が銅の100倍以上になる)がある。粘性がないため、薄膜流が起こり吸着膜内を液体が登り、非常に大きな熱伝導のために沸騰が起こらないといった特異な現象が起こる(壁面を加熱しても熱がすぐに伝わるため蒸発面から蒸発し、沸騰が消失する)。
「量子」というのは、しばしば、我々の常識では考えられない振る舞いをするが、液体ヘリウムでは、これが巨視的な現象として現れるため、観測ができるということである。
表に超低温状態を作り出す主な冷却方法を示す。

 

超低温の冷却方法

到達温度

冷却方法

160〜40K

パルス管冷凍機

77K

液体窒素

10〜3K

蓄冷式冷凍機(蓄冷材によって到達温度が異なる)

4.2K

液体ヘリウム4He

1K

液体ヘリウム4He減圧排気

0.3K

液体ヘリウム3He減圧排気(3Heには超流動がない)

5mK

3He-4He希釈冷凍

〜0.1mK

常磁性体(核スピン)の核断熱消磁冷却

   低温を作り出す方法としてよく知られる方法には、冷媒を用いた冷凍機(フロン冷媒、アンモニアなどの冷媒を用いた冷凍サイクル)による方法があり、ガス自身の温度が変化するJT膨張やタービン膨張を用いた冷凍サイクルなどがあるが、さらに低温になると、特殊な仕組みを用いた冷却法が用いられる。熱音響冷凍、パルス管冷凍、ソープション冷凍、蓄冷式冷凍(ギフォード・マクマホン冷凍、スターリング・サイクルなど)、磁気冷凍など、実に様々な冷凍方法がある。ヘリウムは、その液化温度が非常に低いというだけでなく、ヘリウムの特異な物性を利用して極めて低い温度を達成する冷凍機に使用されている。
   液体ヘリウムの同位体を用いた、3He-4He希釈冷凍法による「希釈冷凍機(ダイリューション冷凍機、DR)」という超低温冷凍機がある。フリッツ・ロンドンの弟、ハインツ・ロンドンによって発明され(1951年)、現在も超低温の研究などに利用されている。
   図に二つの液体ヘリウム同位体の状態図を示す。液体ヘリウムの二つの同位体は、4Heがボース粒子(ボース・アインシュタイン統計に従う粒子、ボソン)、3Heがフェルミ粒子(フェルミ・ディラック統計に従う粒子、フェルミオン)である。
 
   図のA点にある液体ヘリウム(同位体混合物)を冷却していくと、B点で超流動4He中に3Heが溶けた状態となる。さらに温度が下がると二つの同位体(液体)は、混合できない禁止領域(図の二相分離領域)によって、二相に分離し、C点とE点のふたつの濃度を持つ二相液体に分かれる。液体の3Heの方が軽いので液体は上下に分離し、上が3He、下が4Heになる。
  さらに温度が下がると、C点はD点の方へ、E点はF点の方へ分かれ、「希薄相」と「濃厚相」となる。温度が絶対零度近くになると濃厚相は100%近い3Heとなるが、希薄相は6.4%までしか濃度が下がらない「溶け残り」が起こる。そこでこの性質を利用して3Heの濃厚相から希薄相への3Heの移動に伴う”潜熱”のようなもの(希薄相の超流動4He3Heが蒸発するような現象)によって、連続して低温状態を作り出すようにしたのが「希釈冷凍機」である。
   ボソンは、整数のスピン(角運動量)を持つ「相互作用粒子」で、最もよく知られるボソンは、素粒子である光子である。フェルミオンは、半整数のスピンを持つ「物質粒子」であり、素粒子としては、クォークとレプトン(電子、陽電子、ニュートリノなど)が知られる。
  ボソンとフェルミオンという区分は、素粒子だけでなく、それからできる複合粒子などにも適用される「統計性」であり、ハドロンや通常の原子にもボソンあるいはフェルミオンという区分が適用される。
  たとえば、ハドロンのうち、2つのクォークからなる中間子はボソン、3つのクォークからなるからなるバリオン(陽子や中性子)はフェルミオンである。フェルミオンであるクォークが組み合わされると偶数個でボソンに変わり、奇数個ではフェルミオンのままである。
  量子は、波と粒子性を併せ持つが、ボソンは相互作用を行う「波」、フェルミオンは、物質を構成する「粒子」と考えることができるので、ボソンである超流動の液体4Heは、粒子というよりも波と考えた方がよい。超流動液体ヘリウムが示す不思議な現象は、液体ヘリウムが、ボソンであって、波であることに起因する。ボソンは、パウリの排他原理に従わず、同じ状態にいくらでも「重ね合わせられ」、通常、我々が持つ物質の常識が通用しない。超流動液体ヘリウムは、原子1個分の隙間ですら通り抜け、壁を這い上がる。物質ではなく、波の性質だと理解するしかないのである。
    フェルミオンである電子は、同じ状態に複数が存在できないため原子の軌道電子は数が決まってしまうが、ボソンである光子は、その制約がないため、同じ時空間にいくらでも重ね合わせができ、強いレーザー光線を作ることができる。波の不思議が分かる。
なお、スピンが整数のボソンは、ヘリウム以外の原子核にも多いが、量子効果が現れるほどの低温で液体の分子となっているのはヘリウムだけであり、液体での量子効果が巨視的に観測できるのは液体ヘリウムだけである。
  もうひとつの同位体である3Heは、フェルミオンであり、通常の4Heとは異なる統計性を持つ。地球のヘリウムの同位体比は偏っていて、3Heは非常に希少であることを示したが、「物質」として特異な性質を示すのは、波の性質を示すボソンである4Heの方であり、希少な3Heの方が、「普通の物質」である。
 

 ただし、25mKという超低温になると3Heにも超流動があることが発見されている。2つの3He原子がクーパー対というペアを作ってボソンの対凝縮(ボース・アインシュタイン凝)を生じ、4Heとは別の理由によって超伝導が起こる(クーパーらのBCS理論に対して1972年にノーベル物理学賞)。
  実際の冷凍機は、循環ポンプ、蒸留器(温度0.7K3Heをガスとして分離)、凝縮器(1.5K3Heを再液化)、混合器(3Heを濃厚相から希薄相へ蒸発させ約70mKの低温を発生)、ヒーター、熱交換器などからなる。