サイト・トップ
ガスの科学ブログ
ガスの科学目次
 
前の記事
47
次の記事
 
前へ
目次順
次へ

第47回 1−3 空気分離(2) 酸素の製造 (続き)

 2018/1/11

 1−4 空気分離(1)酸素の製造B分解反応と分離  

B分解反応と分離
 最初の工業用酸素の製造は、空気を原料とした反応プロセスであったが、BOC社は間もなく、空気の蒸留分離による酸素製造プロセスを実用化した。これは、ウィリアム・ハンプソンが発明した空気を低温にして液化するプロセスの技術を用いたもので、非常に多くのエネルギーを消費するブリン・プロセスに代わって大規模で安価な酸素の製造法が確立された。(ウィリアム・ハンプソンの話しは→アルゴンの発見
 20世紀初頭、酸素は「深冷空気分離装置 cryogenic air separation unit」で大量に生産されるようになった。
    しかし、最もよく知られている酸素の発生方法は、水を原料とした電気分解である。水は水素と酸素の化合物であり、これを電気分解(electrolysis)して水素と酸素を発生させる電気化学的反応は、ブリン兄弟による酸素の工業的生産よりもさらに100年前から知られている。
  基本的には、水と電気があれば、電解装置(電気分解装置)で水素と酸素が発生できる。これも過酸化水素水を用いた酸素の発生と同様、理科の実験ではよく取り上げられる。
   実験室のものよりもずっと大きな産業用の水電解装置としては、淡水を原料として水素を発生させる電気分解装置や、化学プラントや発電プラントを守るための海水電気分解装置(海水を電気分解して次亜塩素酸を生成して海洋生物や微生物による被害を防ぐ)などが実用化されている。実用化されている水素発生用の水の電気分解装置は、深冷空気分離装置に比べるとコンパクトであり、比較的容易に水素を発生させることができるが、目的は水素の発生用であり、同時に発生する酸素は回収されるようにはできていない。
   一方、、深冷空気分離装置は、化学プラント(化学装置、酸素製造工場)に分類される装置である。日本では、高圧ガス保安法(法律)に準拠して設計・製作・建設され、通常は連続運転によって30〜40年間、保守・点検されてプラントが運営されるというものである。
  生産規模にもよるが、装置によっては数十億円の建設費がかかり、運転・保守にもそれなりの人員が必要であり、誰でもが手軽に設置して、簡単に酸素を製造できるというものではない。したがって、電気分解装置を改造して水素だけでなく酸素も回収できるようにした方が、深冷空気分離装置で酸素を製造するよりも、はるかに手軽だと考える人がいてもおかしくはない。
   しかし、それでも、酸素の製造は、水の電気分解ではなく空気の蒸留分離による。その最も大きな理由は、製造に必要なエネルギーの違いである。電気分解は莫大なエネルギーを必要とするからである。
 (a) 水素燃料自動車の話
   水素から取り出される「エネルギー」について考えてみる。
   水素燃料電池(fuel cellFC)では、水素と空気中の酸素が反応して水が生成する時に、大きな電気エネルギーが生みだされる。日本語では「電池」と呼んでいるが、実際は太陽電池(PV)同様、電気を貯める電池(battery)ではなく、燃料(水素)を供給して電気に変換する発電装置(generator)である。
 燃料電池は、熱機関を介さずに直接発電を行うため、効率がよく、水素燃料電池自動車(FCV)は、高効率で走行時には有害ガスや温暖化ガスを排出しない次世代の自動車として期待されている。最近、市販が開始されたトヨタ自動車のMiraiは、約60リットルの水素タンクを2本搭載(容積122.4リットル、充填圧力70MPa)し、ここに充填される約5kgの水素から得られる電気エネルギーで、ガソリンエンジン自動車並みの航続距離を得ている(JC08モードでの走行距離650km)。
   一方、ガソリンや軽油を用いた内燃機関のエネルギー変換効率は、水素燃料電池に比べると高くない。燃料が持つ化学反応のエネルギーの多くが機械損失や熱エネルギーとして失われ、走行に利用されるのは15%ほどといわれている。
 しかし、内燃機関は、燃料の積載性(重量比)という点では、化学電池に比べて非常に優れている。欧州や米国で、輸送機関が馬車から自動車へと変革した時、ガソリンエンジン自動車やディーゼルエンジン自動車は、蒸気自動車や電気自動車を駆逐し石油の時代への大きな原動力となった。内燃機関エンジンのコンパクトさとその少ない燃料でも遠くまで移動が可能という性能は、蒸気動力や電気動力に比べて圧倒的に優位であった。
   現在の技術では、車体重量1.5トンほどのガソリン・エンジンの乗用車が積載する燃料は通常50kgほどである。これは乗員などを含む車体総重量の約3%にしか過ぎない。満タンだと車体が重くなって、燃料消費率が上がるので、燃料は満タンにしない方がよいという話しは都市伝説であって、定量的には全く説得力がない。これは、重量比で50%の燃料を搭載し1kmも飛行する航空機や、車体重量の15%もの燃料を搭載して、高速で走行、すぐに燃料を消費してしまうレーシングカーの場合と混同したものであって、実用的な自動車の場合、燃料が満タンの時と半分の時の総重量の違いは、わずか1〜2%ほどである。航続距離や燃料消費に与える影響は、車種(そもそもの車重)、乗員数、積載物の違い、気象条件、タイヤの状態などの影響が大きく、燃料搭載量の影響は小さい。
  ガソリンは、非常に効率のよい燃料であり、わずか数10kg1.5トンもある乗用車に人や荷物を載せて、500〜1000kmも走らせるほどのエネルギーを取り出せる。
   水素を利用するFCVの搭載燃料は、ガソリンよりもさらに一桁少ない。現在、市販が開始されている日本製のFCVは車重が1800kgもあるが、水素の搭載重量はわずか5kg、重量比では0.3%である。さすがに、ここまで軽いと燃料が満タンだと車が重いなどと言う人はいない。5kgの水素が反応すれば、およそ45kgの水になるが、これは排ガス(水蒸気あるいは排水)となって車外に排出される。
 現在は、超高圧の水素タンクを搭載し、高圧機器や、燃料電池、二次電池など、様々なハイテク機器を搭載しているため、従来のガソリン・エンジン自動車よりもかなり重くなっている(10〜20%)。しかし、それでも、わずか5kgの水素から得られる航続距離は十分に実用的である。
   水素から取り出せる電気エネルギーは非常に大きい。
  したがって、燃料電池とは逆反応である水の電気分解反応には、非常に大きな電気エネルギーが必要であるということが想像できる。
 (b)水の電気分解
   水(液体)から気体の水素と酸素を作るときの反応は、次の吸熱反応である。
水の電解反応式: 
 
   この式の右辺に示されているエネルギーは、反応のエンタルピー変化を表わしているが、このうちどうしても電気エネルギーとして必要なのは約83%、残りは、熱エネルギーで供給できるとされている。
 水電解による酸素製造のエネルギー原単位(げんたんい)を評価するために、上式の反応の全エネルギーを産業ガスの業界でよく使われる単位に換算すると、次のようになる。 
      3.5kWh/(Nm3・水素) あるいは 7.1kWh/(Nm3・酸素)
  ここで、
     1kWh=1(kJ/s)h=3,600 kJ、 1Nm3=44.64mol、 1kJ/mol=0.0124kWh/Nm3
  とした。
 ここに示すように1 Nm3の水素を製造するのに必要なエネルギーが3.5kWhであるというのが「エネルギー原単位」である。
   ここで、kWh(キロワット・アワー、キロワット・時)は、日常生活でもよく用いられるエネルギーの単位である。単位をSIで統一するならば、エネルギーの単位はMJ(メガジュール)やTJ(テラジュール)を用いるべきであるが、機械装置の場合、[動力(kW)×稼働時間(h)] で消費エネルギーを表すことが直感的に分かりやすく便利であるため、この kWh が多用されている。
 動力に時間を掛けてエネルギーを表わす場合、SIJISの原則によれば、Ws(ワット秒)とすべきであるが、この kWh(キロワット時)は、SI併用単位として認められており、日本の計量法でもエネルギーの単位として使用を認めている。
    キロワット時は、電気料金の取引単位にも長く用いられているので、自分で電気料金を払っている人であれば、この単位で表わした電力単価や使用した数量を理解、実感できるはずである。キロワット時は、学術用語ではないが、実用的なエネルギーの単位として定着し、産業にも生活にも浸透したエネルギーの単位である。
 また、この値が非常に大きくなった時は、メガやギガを使うところを、キロは、そのままにすることが習慣的に行われており、10億ワット時は、1ギガワット時というよりも、100万キロワット時とした方が分かり易い。
 電気出力100万キロワットの発電所が、1年間、ノンストップで、8600時間稼働すれば、86億キロワット時の電力を発電したというように使うことができる。
   Nm3は、0℃、1atm101.3kPa)の気体の体積で表示する「物質の量」であり、産業ガス業界では、日常的に用いられる。(読み方と意味は→ 用語(2)ガスの計量単位 Nm3
 (b)分解のエネルギーと分離のエネルギー(理論値)
   空気を分離して酸素を得るには、分離の前後の2つの状態のエネルギーの差に相当する分離エネルギーが必要となる。空気から酸素を得るのに必要なエネルギーは、方法や過程によらず、混合状態(空気)と分離状態(酸素と他のガスが分かれた状態)の熱力学量(エントロピー)を比較することによって求められ、0.08kWh/(Nm3・酸素)と計算できる。これは、熱力学的に必要とされる最小限のエネルギーであって、機械損失などは含まない理論値である。
  電気分解による酸素の製造と空気分離による酸素の製造に必要なエネルギーを比較すると、次のようになる。
 

水の分解(理論値):

7.1

kWh/(Nm3・酸素

 

3.5

kWh/(Nm3・水素

空気の分離(理論値):

0.08

kWh/(Nm3・酸素

   分解と分離では、必要なエネルギーが90倍も異なる。
この違いは、非常に大きな水素の燃焼熱や水素燃料電池自動車が保有するエネルギーと、通常は、ほとんど考慮されることのないガスの混合熱を比較すれば、直感的にも理解できる。
   製造に関わるエネルギーが二桁近く異なるということは、工業的には、選択の余地がないほど大きな違いということになるが、理論値と現実の値には乖離があるのが普通なので、もう少し考えてみる。
 (c)分解のエネルギーと分離のエネルギー(実質的な値)
   実際に実用化されている水電気分解装置は、水素の発生装置であって、高濃度の酸素を回収できるようには設計されていないが、ここでは仮想の水素・酸素製造装置を考えることにする。
 電気分解による酸素の製造装置は、一般には流通していないが、宇宙開発には利用されている。
 
 国際宇宙ステーションには、呼吸用の空気のために酸素タンク、空気タンクなどが用意されているが、使用された酸素の再利用が行われている。図は、ISS宇宙船内のロシア製酸素発生装置“Elektron”、電気分解によって酸素を製造する(出典は、Wikipedia "ISS ECLSS"
   呼吸に使用された酸素は、水蒸気や二酸化炭素として呼気に含まれ、ステーション内部に排出されるが、内部の空気は空調設備によって除湿され、回収された水を電気分解して酸素を発生させる装置がある。緊急用酸素発生装置は化学反応を利用するカートリッジであるが、通常の酸素発生装置は水を電気分解する装置である。宇宙ステーションという限られた空間では、呼吸に含まれる水蒸気も無駄にはできないということである。
   地上の水電気分解装置では、水素が製品であり、酸素は空気中へ廃棄されるが、宇宙ステーション用の電気分解装置は、酸素が製品であり、水素は外に捨てられるか、あるいは副生品として、二酸化炭素との反応に利用されて、再び水にリサイクルされる。
 水を電気分解して酸素を発生させる装置は、宇宙ステーションという特殊な条件ではあるが、実在するので、地上でも水の電気分解によって酸素を製造する装置は技術的には製作可能である。ただし、水素と酸素の発生量が2倍異なるため、圧力制御や製品の取り出し方法は異なる。
    実用的な電気分解装置の効率は、およそ60〜90%であり、報告されている原単位は、4〜6kWh/(Nm3・水素であり、より高効率の装置では、原単位が 4kWh/(Nm3・水素を下回るものもあるという。したがって、実用的な水素の原単位から、酸素の原単位は、8〜12kWh/(Nm3・酸素と想定される。
   一方、深冷空気分離装置は、様々な不可逆過程、熱プロセス(圧縮、膨張、冷却、昇温、熱交換、液化、気化)を経て分離が行われ、機械のロスによるエネルギー消費や効率を考慮しなければならないので、実際は、分離エネルギーのおよそ5〜10倍のエネルギーを必要としている。
 理論的な原単位 0.08kWh/(Nm3・酸素に対して、実用的な原単位は、およそ、0.35〜1kWh/(Nm3・酸素の範囲にある。
    ただし、原料である空気がただであることから、酸素の製造原単位は、直接製造コストを類推させるため、産業ガスの会社では、個々の装置の原単位を公表していない。また実際の原単位は、ガス製品の仕様(たとえば液体の製品を採取すれば当然原単位は上昇する)や装置にかけられる設備コストなど、様々な条件によって装置毎に大きく異なる。装置の仕様や条件が理解されずに数字だけが一人歩きするというのも困るので、概略であっても、原単位は公言しないのが普通である。(自動車の燃料消費率のように測定方法や条件が公的に決められているものではないので、そもそも比較が難しい)
 文献値(大学の研究者などが執筆したテキストなどで公表されている概略値)では、およそ、0.4〜1kWh/(Nm3・酸素程度が示されることがあるので、ここではその値を用いることにする。
 

水電気分解による酸素製造(実用装置):

8〜12

kWh/(Nm3・酸素

深冷空気分離(実用装置):

0.4〜1

kWh/(Nm3・酸素

   電解装置の効率は非常に高いため、理論値では、80倍と大きく開いていた電解装置と分離装置の差が実用装置ではかなり縮まる。しかし、それでも、電気電解のエネルギーは分離のエネルギーよりも、まだ8倍から30倍も大きい。電解装置の効率は既に高く、大きな延び代はないため、これほど大きな差を技術的に埋めることはできない。
   水の電気分解による酸素の製造は、エネルギーの点からは、非実用的であることが分かる。
 (c)酸素を水素製造の副生品として考えることはできないか
   しかし、ここで、酸素を水素製造の副産物としてとらえれば、酸素製造のエネルギーは無視あるいは、もっと別の方法で算出してもよいと考えることができるかも知れない。
   一般的には、副生品のコストをゼロとする考えは成り立たない。たとえば、深冷空気分離でも酸素だけを製造する装置は多くなく、ほとんどの場合は、同時に窒素あるいは窒素とアルゴンを製造する。通常、装置の性能は酸素の製造原単位で評価されることが多いが、必要もなく窒素やアルゴンを製造している訳ではないので、副生品にみえる酸素以外のガスのコスト(エネルギー)をゼロとみなすことはできない。
   しかし、ここでは、酸素を水の電気分解で製造すると全く競争力がないので、電気分解にかけたエネルギーや装置コスト、労力を全て水素に押し付けて、酸素はついでに、要するにおまけとして製造されたものとして、評価してみることにする。余剰の電力(たとえば変動の激しい再生可能エネルギーなど)があり、蓄エネルギーのために電気分解で水素を製造したとして、ついでに酸素を製造できたと考えると、酸素のコストはゼロ、問題はその量が足りるかである。
   日本の電力消費は、国別では中国、米国についで3番目に多く、一人当たりでは、カナダ、米国、韓国についで4番目に多い。経済規模も大きいが、社会の電化が進んでいるため、電力多消費国となっている。日本の一世帯当たりの平均的な電力消費量は、月間約300kWhである。1970年は、120kWh/月であったので、この30年間で家庭電力の消費が急激に増えたことが分かる。この大きな電力需要をまかなうために日本では、1980年代に多くの発電所が建設された。
    一般家庭の電力使用量が生活実感として分かり易いので、まず、家庭用電力を使って電気分解で水素と酸素を作ることを考える。
  水電解装置の原単位を 5kWh/(Nm3・水素と仮定すると、電気分解で得られるガスの量は、月間、水素60Nm3(5.4kg)、酸素30Nm3(43kg)となる。エネルギーの単位をkWhにまとめておくと、このような場合、計算が非常に簡単になる。
 一般的な酸素の高圧ガス容器(比較的よく目にする黒色のボンベ)には、約15MPaの圧力で、およそ7Nm3の酸素が充填されているから、1ヶ月の1軒の世帯で消費する電力を使って水を電気分解して生産できる酸素の量は容器約4本分、水素は約8本分ということになる。水素は、FCVであれば、約1回分が充填できる量になる。
  家庭用電力で、30A契約であれば、300kWh使用すると約1万円ほどの電気料金になる。ガソリンが1リットルで130円だとすると、約77リットル分に相当する金額である。約1万円→5.4kgの水素でFCVの走行距離はJCO08モードで約700km、ガソリン+電池のハイブリッドカー(HEV)であれば、同じJCO08モードで30km/リットル、2300kmということになる。
  1ヶ月の電力で作った水素は、容器8本分にしかならず、これに原料費(空気はタダだが水はそうではない)や充填に必要な圧縮動力が加わるのでさらに高価なガスになる。しかもガソリンの価格の約半分は税金であるから、家庭用電力で作った水素の経済性は全く太刀打ちできない。( 当然のことながら、一般家庭では法対応ができず、高圧水素を充填したり酸素を容器に詰めたりすることはできない)
   現在の、家庭用太陽光発電であれば、平均で1000kWh/(1kW・年の性能が見込める(太陽光発電協会などの推算)ので、初期投資はかかるが、もし屋根に4kWの設備(家庭用のモジュールでおよそ16枚、20〜30m2)があれば、およそ333kWh/月の発電量が期待できる。
  したがって、屋根に設置した太陽光発電で電気分解が可能であれば、水素60Nm330 Nm3の酸素を作ることができる。ちりも積もれば山となるかも知れないが、やはり、1ヶ月分の発電が1回充填分の水素にしかならないということを考えると、電気分解によるガス生産というのは大変大きなエネルギーを必要としている、ということである。
    やはり、産業規模での水素生産で考えなければ、設備的にも経済性の点でも、電気分解による副製品としての酸素の製造はありえないということになる。
   
    ここで、日本国内での酸素の生産量と比較してみることにする。
   製鉄所向けの一般的な深冷空気分離装置は、1装置で月間およそ3,000Nm3の酸素を製造・圧送しているが、この酸素を電気分解で作るとすると、3000Nm3/月÷30Nm3/月、すなわち100万世帯分の電力が必要ということになる。日本国内の年間酸素生産量、100Nm3を電気分解で生産するとなれば、2800万世帯分(日本の全世帯数5560万軒の約半分)ということになる。
   酸素の生産量を、年間約100Nm3としたのは、経済産業省が毎年発表する化学工業統計年報(YEARBOOK of Chemical Industrial Statistics)を参考にしたものである。たとえば20121月の酸素ガスの生産能力は13.87m3/月、稼働率63%、液体酸素の生産能力は1.1m3/月である。これから、キリのいい数字として100Nm3/年とした。
  この数字は、産業ガスの業界団体であるJIMGAや業界誌の統計と比べるとかなり大きい(2014年のJIMGAの統計では20.6m3/年)。経済産業省の統計は、酸素製造の自家使用などを含めた国内の生産能力値であり、産業ガス業界の販売量とは大きく異なっている。ビジネスの規模としては業界の統計資料を用いるべきであるが、ここでは全ての酸素製造装置の生産規模を考えることにした。
   一方、国内で生産されている水素は、同じ経済産業省の資料から、年間150Nm3である。ほとんどは自家使用となっており、外販用は、3Nm3程度とかなり規模が小さい。ほとんどの水素は流通せずその場で使用され、僅かな量がガスとして利用されているということである。
   現在、水素の原料は、石炭あるいは石油であるが、これを、全て水の電気分解に置き換えることができたとしたら、副生品として75Nm3の酸素が得られるので、国内の酸素の75%が供給可能ということになる。量的には、つじつまが合いそうであるが、日本の全世帯の約半分の電力を水の電気分解だけに使うことになり、これだけの電力を水素と酸素の製造のために使用することは全く現実的ではない。
 そもそも、石炭や石油に頼らずに電気分解だけで水素を供給しようとすると、莫大な量の電力が必要となり、その電気を作るためには石炭や天然ガスを大量に燃やさなければならず、必要となる発電所やグリッドの建設にも莫大な費用がかかる。出力が不安定な再生可能エネルギーを利用して水素を作るという方法も考えられるが、発展途上の技術であり、実現のためには、解決すべき技術課題と莫大なインフラ整備があり、長い年月を要する。
    電気分解で水素と酸素を作るのは手軽にみえるが、電気分解で水素を作り、その副生品として酸素を得るというシナリオは現実の社会では成り立たたず、電気分解で酸素を発生させるという装置も非常に限られた条件でしか利用できないということである。