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第89回 4章 ガスの科学と物質の階層構造

 2018/11/28

  4−5 小さな階層・ミクロスコピック

 

  4−5−4 小さな階層を観測するその他の方法

 

核磁気共鳴
X線撮影法は、内部の検査や結晶構造の解析に用いられるが、X線が放射線であり、レントゲンの時代には明らかではなかった放射線被曝による障害が知られるようになり、検査目的の医療放射線では被曝による侵襲性が問題となった。また、X線撮影法も万能ではなく、造影剤が必要となることもある。
生物の内部や分子の構造を調べるのに核磁気共鳴(NMR、Nuclear Magnetic Resonance)が用いられるようになった。 イジドール・ラービ(1898〜1988年、米国)がNMR法を開発(1938年)、1944年にノーベル物理学賞(「共鳴法による原子核の磁気モーメントの測定法の発見」)を受賞した。
NMRは、回転磁場中におかれた原子核の歳差運動の共鳴現象を利用するものである。
ヒトの体の検査をおこなうために、水分子の中の水素原子核の核磁気共鳴を観察してコンピュータを用いて映像化する核磁気共鳴画像法(magnetic resonance imaging 、MRI)が実用化された。MRIは、ポール・ラウターバー(1929〜2007年、米)とピーター・マンスフィールド(1933年〜、英国)が1971年に発明、28年後の2003年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。
  核磁気共鳴は、原子核のゼロ以外の核スピン(量子数)と磁気双極子モーメントを利用するため、「原子番号と質量数がともに偶数ではない」原子核だけが測定対象となる。実際の測定は、励起された原子核が基底状態に戻る「緩和」を観測する。
  素粒子は、性質(自由度)として「スピン内部角運動量」を持つが、素粒子からなる複合粒子である核子(陽子、中性子)もスピンを持ち、核子からなる原子核もスピンを持つ。 原子核のスピンは、核子の持つスピンを合成して求めなければならないが、簡単に言えば、原子番号が奇数の原子核は、陽子数が奇数なので、陽子どうしのスピン対が余り、スピン量子数はゼロ以外の値をとる。スピン量子数がゼロでない原子核は、核磁気共鳴が利用できる。
原子核の質量数が奇数の場合は、陽子あるいは中性子のいずれかが奇数であるため、原子番号の偶奇に関係なく、スピンがゼロではないので核磁気共鳴が利用できる。 一方、質量数も原子番号も偶数の場合は、陽子と中性子がそれぞれ偶数であるため、ペアが打ち消しあってスピンがゼロとなり、磁気共鳴がない。
 たとえば、原子番号が1の水素の場合、水素1Hと重水素2H(D)はともに核磁気共鳴現象が利用可能である。原子番号が偶数6の炭素は、質量数も偶数の12の12Cには核磁気共鳴がなく、質量数が奇数の13の13Cに核磁気共鳴がある。原子番号が偶数8の酸素は、質量数が偶数である酸素16O、18O、には核磁気共鳴がなく、奇数である17Oには核磁気共鳴がある。
  水素、炭素、酸素は生物の分子を作る代表的な元素であるが、12C、16O、18O、は核磁気共鳴を利用した測定には使用できない核種ということになる。 水素は、天然存在比が大きく相対感度が大きいため、様々な測定に利用されるが、酸素は核磁気共鳴のある17Oの天然存在比が380ppmと非常に小さいため、MRIを利用するには濃縮(同位体分離)しなければならない。
天然存在比が少ないということは、同位体分離プロセスにとって大きな難題であり、17Oを利用したMRIの技術は実用化には至っていない。炭素の場合も核磁気共鳴があるのは13Cだけとなるが、こちらは天然存在比が1.07%と比較的大きいため、濃縮は(17Oよりは)容易である。
  NMRは、今では様々な測定に用いられるようになり1H, 13C, 15N, 19F, 29Si, 31Pといった核種が利用されている。
なお、核磁気共鳴(NMR)現象を利用したCT(computer tomography、コンピュータ断層撮影)であるから、NMR-CT(核磁気共鳴・CT検査)が正式名称であったが、医療現場において「核」という文字に抵抗があったためか、MRI(magnetic resonance imaging)と呼ばれるようになったという。
ニュートリノやミューオンの観測
  小さなものの観察、壁の向こうのものの観測に、電磁波(光、X線)、電子線や核磁気共鳴などが用いられているが、遠くのものの観測には、さらにこれらとは異なるものが使われている。東大宇宙線研究所・神岡実験場には、ニュートリノ望遠鏡(宇宙ニュートリノ検出器)があり、小柴昌俊(東京大学特別栄誉教授、1926年〜)らは、本来は陽子崩壊実験装置であったカミオカンデをニュートリノ検出器に改造し、宇宙ニュートリノの観測に成功している。ニュートリノは、ヴォルフガング・パウリ(1900〜1958年、オーストリア)が予言(1930年)し、エンリコ・フェルミ(1901〜1954年、イタリア)が仮説をたて、ニュートリノと命名した素粒子(1932年)であるが、観測は非常に難しく、長く発見されなかった。 フレデリック・ライネス(1918〜1998年、米国)とクライド・カワン(1919〜1974年、米国)が原子炉周辺に検出器を置き、初めてニュートリノを観測、その存在を証明したのは1954年であるが、ライネスにノーベル物理学賞が授与されたのは1995年、41年も後のことである。
  小柴昌俊は、カミオカンデを用いて自然界(マゼラン星雲の超新星爆発)からニュートリノを検出(1987年)、15年後にノーベル物理学賞、ニュートリノ天文学という新しい分野を開拓した。梶田隆章(1959年〜)がスーパーカミオカンデを用いて大気ニュートリノを観測、ニュートリノ振動を確認してニュートリノの質量を見出したのが1998年であるが、ノーベル物理学賞を受賞したのは17年後の2015年である。ニュートリノの観測やその検証は非常に困難な研究であり、この研究を推進し梶田らを指導した戸塚洋二は既に他界しており受賞はできなかった。
現在は、より大規模化したスーパーカミオカンデが登場し、カミオカンデは、反ニュートリノ研究に特化した検出器「カムランド」(東北大学ニュートリノ科学研究センター)に生まれ変わっている。ハイパーカミオカンデ計画も進められている。
  神岡実験場では、液体キセノン・シンチレータを用いたXMASS(エックスマス)実験によってダークマターの探索が試みられている。約1トンの超高純度液体キセノンが検出用に用いられ、液体キセノンの超高純度精製やキセノン容器の製作には産業ガスメーカーの技術が活用されている。
最近では、地球の内部構造を調べるためにミューオ・トモグラフィーが研究されている。これは地球大気高層部で発生するミューオン(素粒子である荷電レプトンのひとつ)を利用して地球の内部を観察するもので、最近では、火山のCTスキャンとも言われるようになっている。東京電力福島第一原子力発電所の内部の透視に用いることも検討されている。
  ヒトが自らの五感で観察できるのは、ほぼ同じ階層から周辺の事象に限られるため、科学技術の発展には、このような異なる階層を観察する道具の発明が欠かせない。特にガスを取り扱う実験では、ほとんど何も見えず、可視化も非常に困難であるから測定器頼りである。実験装置でも商業装置でも運転中の大半の時間は、温度計、圧力計、分析計、流量計などが示す数字を眺めているのであって、ガスを見ている訳ではない。
産業ガスでは、品質管理のために「ガスの分析」が行われ、ガスの濃度(主に不純物の濃度)が測定されているが、分子、原子、イオンの階層の現象を直接観測することはできないため、様々な仕組みを用いて同定や定量ができる測定器(分析計)が開発されている。 測定技術や実験技術が進歩して、より下の階層が観察・観測できるようになると目の前の現象や物性の理解が深まり、疑問が解消する。しかし、その先に新たな謎が現れ、課題が増えることが多い。