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第90回 4章 ガスの科学と物質の階層構造

 2018/11/30

  4−6 時間の階層  
 4−6−2 宇宙138億年の歴史(2)ビッグバン宇宙論(Big Bang)  

4−6−2 宇宙138億年の歴史
(2)ビッグバン宇宙論(Big Bang)
アインシュタインは、一般相対性理論を導いた時、宇宙には、はじめも終わりもなく、膨張も収縮もしない「永遠不変」のものであると考えていた(信じていた)。アインシュタインは、特殊相対性理論を導いた時、絶対空間と絶対時間の概念を放棄、時空を科学の対象とし、それまでの科学の常識を大きく変えた。一般相対性理論では、質量やエネルギーが時空を歪ませるということまで示した。時間も空間も絶対的ではないと示したアインシュタインではあるが、宇宙は永遠のものと固く信じていたため、時空そのものにも進化があり、始まりと終わりがあるという20世紀の科学の成果をすぐには認めず、理解することができなかった。
 
 アレクサンドル・アレクサンドロビッチ・フリードマン(1888〜1925年、ソ連)は、一般相対性理論のアインシュタイン方程式の解からフリードマン方程式を導き、膨張宇宙を定式化した(膨張宇宙モデル、1922年)。
 フリードマンは、宇宙は永遠不変のものではないと主張し、空間そのものが大きくなるという普通の人には想像もできないような宇宙の描像を示した。
 キリスト教の司祭であり天文学者でもあるジョルジュ・ルメートル(1894〜1966年、ベルギー)が、一般相対性理論と銀河の観測結果から「宇宙は爆発から始まった」とするモデル(原始的原子の仮説)を提唱した(1927年)。
   ルメートルは宗教家と科学者の両方の立場を持ちながら宇宙論を研究、フリードマンに続いて膨張宇宙論を提唱し、宇宙の年齢を100億年〜200億年と見積もった。これは最新の研究結果とよく一致している。
 
 エドウィン・ハッブル(1889年〜1953年、米国)が、宇宙が膨張していることを発見、遠くの銀河ほど速く遠ざかるという「ハッブルの法則」を発見した(1929年)。 宇宙が膨張しているということは、空間そのものが「増えている」ということであり、昔の宇宙はもっと小さく、宇宙には始まりがあったということになる。
 これは歴史を変える大発見であったが、宇宙は永遠であるという固定観念が強かった20世紀初頭では、容易には受け入れられず、科学界と宗教界における大きな論争が起こった。
 フリードマンやルメートルが解いた一般相対性理論の方程式を導いたアインシュタインでさえ、宇宙に始まりがあったという考えは馬鹿げていると発言し、フレッド・ホイル(1915〜 2001年、英国)やトーマス・ゴールド(1920〜2004年、オーストリア)が「定常宇宙論」(steady state cosmology)を展開した。
 ホイルは著名な英国の天文学者でSF作家としても知られ、ゴールドは、生物物理学、天文物理学者であり、米国では珍しい石油の無機起源説でも知られる有名人である。彼らは、「膨張宇宙論は科学ではない」と主張、フリードマンやルメートルらの理論に敬意を払わず、ルメートルの「宇宙の卵が爆発して始まった」という発言に対して、これは科学ではなく信仰であると発言、ホイルは、膨張宇宙論を、皮肉って「ビッグバン=大ぼら」理論と呼んだ。
 
フリードマンのレニングラード大学時代の教え子であるジョージ・ガモフ(1904〜1968年、ロシア帝国領オデッサ、米国)は、フリードマン宇宙論を支持し、膨張宇宙論を提唱した。
ガモフとホイルの間で論争が繰り広げられたが、その時にホイルが使ったビッグバンという言葉をガモフが好んで使ったため、フリードマン宇宙論は「ビッグバン宇宙論」と呼ばれるようになった。やがて、理論や観測が進み、定常宇宙論よりもビッグバン理論の方が優勢となったため、このビッグバンという英語は、「大ぼら」ではなく、宇宙の始まり「火の玉宇宙」を意味するように変わっていった。
   宇宙の始まりは、極微でありビッグではない、またバンという爆発でもないため、宇宙の始まりを表す言葉として「ビッグバン」というのはあまりにも実際とは違うイメージである。そこでこれに代わる新しい名前が募集されたこともあったが、これ以上の名前は見つからなかったため、現在も宇宙の始まりを表す言葉は、火の玉宇宙、「ビッグバン」のままである。宇宙の始まりはビッグでもなくバンという爆発でもないが、人々の想像を超える「高温」であったことには違いない。
アインシュタインは、ルメートルの理論を数学的には支持していたが、定常宇宙論から抜け出ることができず、膨張宇宙論には不支持の立場をとった。アインシュタインは、膨張宇宙論は数学的には正しいが物理学としては正しくないという主張をしたが、やがて考えを改め、ハッブルの観測事実を認め、ルメートルの考えを支持するようになったため、自らの一般相対性理論の修正に悩み始めることになる。アインシュタインの方程式には宇宙が膨張する理由が示されていなかったのである。
CMBの発見
  ガモフは、ルメートルの理論を支持し、ハッブルの法則を科学として真剣に取り組み、ビッグバン宇宙論を展開し、「宇宙マイクロ波背景放射(cosmic microwave background radiation、CMB)」の存在を予言した(1948年)。
CMBとは、ビッグバンの残光が、空間の膨張とともに宇宙全体に広がり、波長が延びてマイクロ波として残るというもので、ガモフがこれを予言して16年後、アンテナの研究を行っていた米国ベル研究所のアーノ・ペンジアス(1933年〜、米国)とロバート・W・ウィルソン(1936年〜、米国)によって発見された(1964年)。
 
 天球上の全方向から、ほぼ等方的に観測されたマイクロ波のノイズは、天の川銀河からの放射よりも強く、当初は、地上の何かのノイズと思われたが、その後、ガモフが予言していたCMBであることが判明した。われわれの宇宙はこのCMBに満たされている。
 現在は、テレビ放送がデジタル化されてしまったが、昔のアナログ放送テレビであれば、画面のノイズの中には受信機のアンテナがとらえたビッグバンの残光=宇宙マイクロ波が混じっている。
  ハッブルが示したように空間が膨張しても、その中にある物質(星や人間)が膨張する訳ではない。宇宙が膨張しても様々な物理定数は変わらず、原子の大きさや分子の大きさが変わるということはない、宇宙が膨張するということは空間が増えるようなものである。そして、最初に宇宙を満たしていた光は、宇宙がどんどん引き伸ばされてしまったため波長が長くなり、現在では、マイクロ波になってしまっているという観測事実がペンジアスらによって得られたのである。
ビッグバン宇宙論をめぐっては、その後も様々な議論があったが、CMBの発見からさらに14年後、ペンジアスとウィルソンにノーベル物理学賞が授与され(1978年)、世界は、ビッグバン宇宙論を認める時代となり、ビッグバンが「標準的宇宙論モデル」を構成するようになった。それまでの定常宇宙論は、劣勢となり、非標準的宇宙論のひとつとなった。
ベネディクト・カンバーバッチ主演、英国BBC放送制作のドラマ「ホーキング」は、若き日の天才スティーブン・ホーキングを描いたものであるが、この中で、定常宇宙論を主張するフレッド・ホイル教授と学生ホーキングが大学の教室でやり取りするシーンや、ノーベル賞を受賞する直前のペンジアス/ウィルソンに対するメディアのインタビューが興味深い。
CMB発見の重大性をまだ認識していないインタビュワーは、偶然に発見した宇宙のノイズに、何故ノーベル物理学賞の価値があるのかまるで理解できていない。この世紀の大発見を理解しない質問者に対してペンジアスがその重要性を説明していくシーンが、非常に象徴的に描かれている。
  新たな学説が認められ、それが世界の定説になる時、ノーベル賞受賞の影響は非常に大きい。CMBの発見もノーベル賞受賞によって広く知られることになった。しかし、ビッグバン宇宙論の中心を担い、CMBの存在を予言していたガモフは、すでに他界していたため、受賞することはなかった。
なお、同じ1978年には、ピョートル・カピッツァ(1894〜1984年、ソ連)もノーベル物理学賞(『低温物理学における基礎的発明および諸発見』)を受賞している。カピッツァは、低温物理学が専門であり超電導などの研究が評価されて受賞したが、膨張タービンを用いた気体の液化装置の基礎を築き現在の空気分離装置の基礎を築いたことでもよく知られる。気体のの膨張機には、レシプロ方式と膨張タービン方式があるが、現在の深冷空気分離装置のほとんどは、カピッツァが発明し1940年代に普及した膨張タービンプロセス(カピッツァ・プロセス)である。
  1948年のCMBの予言、1964年のCMBの発見、1978年のノーベル物理学賞によってビッグバン宇宙論は広く認められることになった。400年前のケプラーの法則をきっかけに、世界は地動説から天動説に変ったが、定常宇宙から膨張宇宙へのパラダイム・シフトはこの1978年のノーベル賞で決定的となった。
 「科学ではない」、「おおぼらふき」と言われ、ホイルによって「ビッグバン」と名付けられた膨張宇宙論は、ハッブルの法則の発見、宇宙空間を満たすCMBの発見、ノーベル物理学賞によって科学の主流となった。
それまで多くの人々、宗教家や科学者が、宇宙は永遠に変わらないと思っていたが、宇宙には始まりがあったという事実は、世界に大きな衝撃を与えた。20世紀初頭の量子論と相対論が、多くの科学の課題を解決していったが、20世紀後半になってもまた、世界の常識を変えるリセットが必要になった。量子論と相対論だけではパラダイム・シフトは終わっていなかったのである。 時空間のはじまり、時間とは何か、空間とは何か、エネルギーとは何か、銀河や太陽系の起源、地球やわれわれ自身を作っている元素の起源、宇宙の未来や終焉、など、実に様々な科学のテーマが浮かび上がった。
(3)インフレーション宇宙論(cosmological inflation )
  宇宙は膨張しているので、過去をたどると、はじまりは、無限大の質量、無限小の空間という「特異点」にいきつく。特異点では、物理学が破綻するため、多くの物理学者を悩ませることになった。
また、ガモフのビッグバン宇宙論だけでは、はじまりの特異点だけでなく、他にもうまく説明できない問題があることが分かっている。そのうちのひとつに「平坦性問題」(flatness problem)がある。今の宇宙は、非常に平坦で、ほんの少しでもどちらかにずれていたとしたら、さらに急激に膨張してバラバラになって消えていたか、あるいは重力で収縮して消滅(ビッグクランチ)していたはずであり、宇宙はこんなに長くは、存在していなかったという疑問である。
  3次元空間の平坦性と言われても、普段は考えることがないので想像することが難しい。そこで、比較的理解がしやすい2次元平面の平坦性を考えてみる。
もし、われわれが地球表面しか分からない(知らない)2次元の生物だとしても、その平面が平坦であるかどうかを調べる方法がある。地球上に描いたどんな三角形でも、精密に測定すれば、内角の和が180度よりも大きいことに気付く。たとえば、赤道上を1/4周進み、直角に曲がって北極点まで真北に線を引き、そこから90度の角度で真南に進むと元の位置に戻り、直角が3つある内角の和が270度の三角形が描ける。2次元のまま、地球から離れることなく、地球が平坦ではない球形であることを知ることができる。どんな三角形であっても内角の和がちょうど180度であれば、平坦であることが分かり、逆に180度以下であれば、曲率が球面とは逆であることが分かる。
宇宙の時空の曲率が正か負のいずれであるかは、ハッブル定数の詳細な測定から宇宙のエネルギー密度を求めて行われる。宇宙の幾何学(曲率)は、宇宙の全エネルギー密度によって決まり、曲率ゼロの全く平坦な宇宙のエネルギー密度を「臨界密度」と呼ぶ(10-29g/cm3=10-26kg/m3)。
もし宇宙が正の曲率を持つのなら閉じた宇宙となり、いずれ収縮する。負の曲率を持つのなら開いた宇宙となり膨張を続ける。しかし、精密な観測の結果、宇宙の時空の平坦性は極めて平坦に近いことが分かっている。そして、このような条件となるには、はじめのエネルギーを決める精度は極めて高いものが要求される。現在の宇宙の密度は、臨界密度に対する比がかなり1に近いと観測されており、これが成り立つためには、宇宙が始まったときのエネルギーの密度の対臨界密度比は10-15の精度で1に等しくなければならないという。そうでなければ、今のような平坦な宇宙はなかったので「何故、今の宇宙はこんなにうまく平坦にできているのか」、それは、あまりにも低い確率によって存在しているのか、ビッグバン理論では説明できないという。
  ビッグバン理論では解決できない、「特異点」や「平坦性」といった問題を理論的に解決しようとする試みがある。
ひとつは「人間原理」と呼ばれるもので、あまりにもよくできている宇宙の構造を説明する時に「宇宙が人間に適しているのは、そうでなければ人間は宇宙を観測し得ないから」という論理を用いるものである。極めてゼロに近いような確率や偶然であっても、観測者である人間が存在しているから宇宙が存在しているのである。
自然科学へのアプローチのひとつとも考えられるが、科学なのか科学でないのか、宗教や哲学のようなものかよく分かってはいない。少なくはない科学者が、この人間原理を信じており、ホーキングは、人間原理には、強い人間原理と弱い人間原理があり、自分自身は弱い人間原理を信じていると書いている。
「宇宙は一様かつ等方であり宇宙には特別な場所は存在しない」とする宇宙原理の考えもある。人間原理はやや宗教的な側面も持つが、これは科学で宇宙を解き明かそうという試みと考えられる。
宇宙原理に基づく有力な理論にインフレーション(超急膨張)理論がある。1981年に佐藤勝彦(1945年〜、現在自然科学研究機構機構長)とアラン・グース(1947年〜、米国、当時コーネル大)が、ほぼ同時にインフレーション理論を提唱し、その後、アンドレイ・リンデ(1948年〜、ロシア、米国)や村山斉(1964年〜、現リニアコライダー・コラボレーション副ディレクター)など、多くの研究者がインフレーション理論の研究を進めている。
  現在の宇宙を巻き戻していくとビッグバンにいきつくが、ビッグバンの前に何があったのかを考える時、観測できないものがあり、数学や物理学を駆使した理論的な研究となる。 現在、広く支持されているインフレーション宇宙論は、未解決の問題はあるものの、神話や宗教物語ではなく、様々な観測結果と理論から導かれる科学的宇宙論である。文部科学省の「宇宙図2013」にもインフレーション理論、ビッグバン理論に基づいた最新の成果が反映されている。
   
現在、広く認められているシナリオは次のようなものである。
 
量子力学的ゆらぎとトンネル効果によって「無からの宇宙創世」の確率はゼロではないという計算が成り立ち、宇宙は「無のゆらぎ」から始まる。
生まれた時の宇宙は、今とは次元が異なり(数学的には10次元)、余剰次元は急速にコンパクト化し、4次元時空が残り、時間と空間が生まれた。折りたたまれた残りの次元を探すための研究がCERNで行われている。
無〜10-43秒(プランク時間)の間の宇宙(プランク時代)は不安定であり、対称性の破れが進み、インフレーションが起こった。インフレーションとは、微小な領域の中に存在した量子ゆらぎが、宇宙サイズにまで引き伸ばされる急速膨張(指数関数的な膨張)であり、その大きさの変化は、ウィルスが一瞬のうちに銀河の大きさに広がるほど(100桁くらいの膨張)と表現されている。インフレーション中に存在した量子ゆらぎは、引き延ばされ、宇宙は完全に均質とはならず、銀河や星が生まれることになる。なおプランク時間よりも小さな時間は存在せず、長さの階層にゼロがないように、宇宙のタイムラインにもゼロ時間がない。
10-36〜10-38秒の間にエネルギーの高い真空から低い真空に相転移(真空の相転移)が起こり、インフレーションが終了する。
空間のエネルギーは、数多くの対生成と対消滅を繰り返えしており、エネルギーが低い状態や準安定状態を「真の真空」、エネルギーが高い状態を「偽の真空」と呼ぶ。偽の真空が真の真空に変わるような大きなエネルギーの変化を真空の相転移と呼び、真空の相転移によって生まれたエネルギーが熱エネルギーとなって宇宙のビッグバンが起こった。ビッグバンの後は、最初のインフレーションと比べると桁違いにゆっくりであるが、ビッグバン膨張によって宇宙の膨張が続く。
10-6秒後には、超高温・超高密度の宇宙は、5×1012Kにまで温度が低下、エネルギーから物質が生まれる。空間には、素粒子(クォークや電子)が現れ、「クォーク・グルーオンプラズマ(QGP)」と呼ばれる素粒子がスープのように混ざった状態になる。宇宙の温度が下がったといっても、人間が作り出した最高の温度は、米国ブルックヘブン国立研究所の重イオン衝突型加速器で達成された4×1012Kである(理化学研究所、KEK、2010年)。ビッグバン直後の温度はかなり高い。
10-4秒後、宇宙の温度は1010Kにまで下がり、グルーオンがクォークを捕獲、中性子、陽子、中間子などが生まれる。この時、物質と反物質が同じ量だけ生まれていれば、宇宙に物質は残らなかったはずであるが、対称性の破れをもたらす相転移が起こった。
宇宙において物質は反物質よりもはるかに多い。この「CP対称性の破れ」は、小林・益川理論(1973年)によって理論的に説明されている。
物質は10億個に1個の割合で反物質よりも多かったため、宇宙には物質だけが残った。
小林誠先生のブルーバックス解説本
180秒後、宇宙の温度は109Kまで低下、陽子や中性子が原子核を形成、水素プラズマとなる。
宇宙が始まって3分後、物質の92%は水素原子核、8%がヘリウム原子核であった。
38万年(1.2×1013秒)後、温度は3×103Kまで低下。
原子核は電子を捕獲、原子が作られる。宇宙が始まって38万年後に初めて原子が生まれたが、その時に存在した元素は、水素とヘリウムだけである。
それまで高温の宇宙の電子の海に閉じ込められていた光子は動くことができるようになり、宇宙に光が生まれた。
これを、「宇宙の晴れ上がり」と呼び、これ以降、放たれた光は宇宙空間に広がり、観測が可能となる。この時の光が「ビッグバンの残光」と呼ばれるものであり、現在この時の光がCMBとして観測されている。
宇宙が始まって最初の38万年間は、光は閉じ込められていたため、最初の宇宙の痕跡は、光や電磁波による観測ができない。
  宇宙を支配している4つの「力」は、元々は同じもので、宇宙の温度が下がるにつれて分岐してきたが、「重力」が分かれたのは10-44秒後である。「重力波」は、光のように電子の海に閉じ込められることはないため、もし、重力波の観測ができれば、宇宙の晴れ上がりよりも前の宇宙創世期の痕跡が見つかると考えられている。
しかし、重力波の検出は非常に難しく、世界各地で重力波望遠鏡を用いた重力波観測の挑戦が続けられている。米国では、LIGO検出器が宇宙重力波の検出に成功したと報告(2016年)、日本では、東京大学宇宙線研究所のLCGT(通称KAGRA)が宇宙の重力波を捉える挑戦を行っている。KAGRAは、宇宙から来る重力波による空間の伸び縮みを温度20Kの環境で測定するレーザー干渉計であり神岡の実験場に建設されている。(2017年本格稼働予定)。
4億年(1.26×1015秒)後、温度は3Kに下がり、最初の星が誕生する。ここまでの時間には星が存在しないため、天文学者からは観測できる星がない「暗黒時代」と呼ばれる。
初期の星は、巨大で寿命が短く、超新星爆発によって様々な元素を合成して宇宙空間にばら撒いていた。その後、銀河が生まれ、宇宙の大規模構造ができ、現在は、始まりから138億年たっている。
 
ビッグバンの前、無から有が生まれる宇宙の始まりを解説するクラウスの本 インフレーション宇宙論をやさしく解説する佐藤勝彦先生の本 宇宙や生命の時間を温度で解説するセグレの本
(4)CMBのその後の観測 (Cosmic Microwave Background)
  宇宙が晴れ上がった時、全方位への光の放射が起こったが、空間は膨張を続けているため、その時の光の波長は、空間とともに延び続けており、宇宙を満たしているその光はマイクロ波(宇宙マイクロ波背景放射、CMB)になっている
現在、CMBのスペクトルは、2.725Kの黒体放射と一致している。ペンジアスらの発見以降、CMBの詳細な観測が世界で続けられている。
しかし、マイクロ波は、空気中の水分に吸収されるため、地上での観測は容易ではない。宇宙全体がわずか3Kの電子レンジの中にあるようなもので、地球の空気に大量に含まれる水蒸気の下では、CMBの詳細な観測が難しい。そこで、アンデス山脈や南極など高地や局地での観測が行われているが、やはり空気、水蒸気のないところでの観測が望ましい。
米航空宇宙局(NASA)は、宇宙論専用の観測衛星COBE(Cosmic Background Explore、コービー、宇宙背景放射探査機)とWMAP(ダブリューマップ)を宇宙空間に打ち上げ、詳細な測定を行った。
COBE(コービー)、初めての宇宙論観測衛星
  COBEは、赤外線天文衛星IRASが搭載する液体ヘリウム(測定器の冷却用)が尽きて運用停止になったのを受けて、1989年に後継機として打ち上げられた宇宙観測機である。
商用人工衛星や地球観測衛星が数多く打ち上げられているが、COBEは、宇宙論的観測を目的とした初めての人工衛星である。人工衛星の製作・打ち上げ・運用には莫大な費用がかかるが、NASAは、宇宙背景放射の研究は検討に値するものと考えた。
 
 COBEは、宇宙背景放射を精度よく測定するために、軌道、姿勢制御、太陽・地球シールドなど様々な特殊機能を持った専用機であり、高度900kmで地球を周回し、搭載する3種類の実験装置によって宇宙を探索した。
 宇宙背景には、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の他に、宇宙赤外線背景放射(CIRB)、宇宙X線背景放射(CXB)、宇宙ニュートリノ背景(CNB)があるが、COBEは、特にマイクロ波と赤外線の測定に特化した。COBEは、予算や技術上の制約によりヘリウムの再液化装置を持たず、使いきりの液体ヘリウム供給システムを用いた。したがって、稼働は液体ヘリウムが尽きるまでの4年間とされ、その間に数々の科学的成果をあげた。
COBE計画のロゴマーク(出典:Wikipedia)
観測機COBE、CMBのスペクトル、および宇宙の地図がデザインされている
  宇宙は、微小な体積から等方的に膨張したため、CMBも極めて等方性が高い。地球だけでなく宇宙の全てが、はじめはひとつの点から広がったため、どこで測定してもどの方向でも同じである。COBEの最大の目的はCMBの等方性を確認することである。
しかし、宇宙のはじまりの大きさは、量子の大きさであるため、量子力学的不確定性によって宇宙にはわずかなゆらぎに起因する非等方性がある。そこでCOBEのもうひとつの重要な目的は、その小さな非等方性を測定して「宇宙の地図」を作ることでもあった。すなわち、COBEは「CMBの等方性」から宇宙の始まりを証明し、なおかつ、「CMBのわずかな非等方性」を測定することで宇宙の地図を作るというミッションを与えられていたということである。
COBEは10-5K(10万分の1ケルビン)のゆらぎを検出し、全天の非等方性マップを作成、宇宙が完全には均質ではなく、そこに星や銀河が存在する理由を示した。
そのニュースは世界を驚かせ、ニューヨークタイムスはCOBEの成果を1面で取り上げ、COBE搭載の非等方性観測装置のチームリーダーは「この発見によって人々はインフレーション理論が正しいことを信じるようになるだろう」と語った(1992年)。
CMBが約3ケルビンであるため、これを3K放射、あるいは3K 宇宙と呼ぶことがあるが、これは、分子が存在する時の運動エネルギーに相当する「温度」とは意味が異なり、宇宙が晴れ上がった時の放射が空間の膨張によって3Kの均質な空間となっているということを意味している。等方性の中に見出されるわずかなゆらぎが銀河、太陽や惑星などであり、物質が集まっている場所では、この均質性が失われており、太陽や地球やその周辺は、3Kではない。時間も空間も絶対的なものではないので、宇宙のタイムスケール→宇宙の膨張→温度、という関係から、宇宙の年齢や大きさではなく、時間や大きさではなく宇宙を「温度」スケールで表すということもよく行われており、われわれが「今」知る宇宙は3K宇宙ということになる。
  COBEは、この他にも赤外線観測によって初期銀河を発見、惑星間塵の観測、太陽系内の観測なども行い、積載する650リットルの冷却用液体ヘリウムを使い切って任務を完了した。
ガス屋の感覚からすると、冷凍機、ヘリウム再液化装置を搭載すれば、さらに長期間、液体ヘリウムの供給が可能となりミッションを継続できると思うが、COBEでは機械の故障による計画の中断を避けるために安全策をとったようである。もしヘリウム液化装置が故障してもそう簡単には修理には行けない。ハッブル宇宙望遠鏡の場合は、スペースシャトルによって、機械的故障の修理や調整作業、メンテナンスによって、性能維持が可能であったが、COBEは打ち上げ時に搭載した液体ヘリウムが消費されるまでの稼動とされ、観測は約4年間行われた。
WMAP(ダブリューマップ) 宇宙論観測機が宇宙137億年の歴史を観測
  COBEの後継としてWMAP(Wilkinson Microwave Anisotropy Probe: ウィルキンソン・マイクロ波異方性探査機)が2001年に打ち上げられた。COBEは地球のまわりを周回する人工衛星(artificial satellites)であったが、WMAP は太陽と地球が作るラグランジュ点(2つの天体がつくる重力と遠心力の釣り合い点)にあり、地球と同じ周期で太陽の周りを公転し、地球から遠く離れることがない軌道を周回する人工惑星(interplanetary spaceflight)である。
WMAPは太陽と地球を結ぶ線上、地球よりも遠い点にあり、地球と同じ周期で太陽を周回し、太陽、地球、月の影響を受けにくい位置から全天の観測を行った。 COBEは、宇宙の等方性を確認することが主な任務であったが、WMAPは、その名前Anisotropy(異方性)が示すように、宇宙の等方性の中にある極めて微小な異方性を見出すことが主目的であり、当時の最先端の科学技術を用いて製作された。
1991年製のCOBEの重量は2.3トン、2001年製のWMAPの重量は0.8トンである。 WMAPは、小さな系統誤差と高い解像度をもつ5種類の観測システムを搭載、COBEよりも長い9年間のミッションで、数々の宇宙論パラメータを非常に高い精度で測定することに成功した。WMAPによって宇宙の年齢(137.2 ± 1.2億年)、観測可能な宇宙の大きさ(780億光年以上)、インフレーション宇宙論との観測結果の一致、などが得られた。
WMAP以降、「宇宙の歴史137億年」と題した出版物が増えた。
 
 WMAPが描き出した宇宙の姿は、驚くべきもので、宇宙の組成は、バリオン4.4±0.4%、ダークマター(未知の暗黒物質)23±4%、ダークエネルギー(未知の暗黒エネルギーまたは宇宙定数)73±4%である。
 バリオンは、ハドロンのうち3つのクォークからなる複合粒子、たとえば陽子や中性子などであるから、この結果は、宇宙を構成する「物質」の量がわずか4%しかないということを示している。残り96%は、未知のエネルギーと物質であるという数字が明らかにされた。
WMAP計画のロゴマーク(出典:Wikipedia)
 
  ダークマター(暗黒物質)は、現在の観測技術ではとらえられない物質であるが、これだけの量が存在しないと銀河などの宇宙の大規模構造が説明できないというものである。銀河の運動を説明するために導入された「質量は持つが観測できない仮説上の物質」である。われわれが知っている物質とは、わずかにしか相互作用をしないため非常に発見が難しいと考えられている。
 ダークエネルギー(暗黒エネルギー)は、引力だけではつぶれてしまう宇宙を膨らませている斥力であり、空間(真空)のエネルギーである。空間を膨張させる斥力の起源であるが、これも正体が分かっていないためにダークエネルギーと呼ばれる。
宇宙の95%が未知であるという佐藤勝彦先生の解説本 ダークマターとダークエネルギーの解説本は多い
  アインシュタインは、宇宙が引力でつぶれてしまわないように一般相対性理論の重力方程式に宇宙定数の項を導入したが、ハッブルなどによって、宇宙の膨張が確認された時には、宇宙定数を大失敗と考えて削除してしまった。しかし、現在、アインシュタインが削除した宇宙定数の考え方は、ダークエネルギーとして復活しつつある。
Planck(プランク)、最新の観測から宇宙の96%は未知の物質とエネルギー、宇宙の年齢は138億年
  最新の探査機は、プランク衛星(Planck、欧州宇宙機関ESA、2009〜2013年)である。マックス・プランクに因んで命名され、プランク衛星と呼ばれることが多いが、軌道はWMAPと同じ惑星軌道であり人工惑星である。
COBEとWMAPは全天の観測を行ったが、プランク衛星は、広い視野よりも高感度・高精度の測定を優先し、宇宙の年齢、大きさ、温度、組成などのより詳細なデータを得ることを目的とした。2012年に搭載していた液体ヘリウムが枯渇し、一部の計測が継続されたミッションも2013年には終了した。
 
 2013年に発表された最新データは、WMAPよりもさらに高精度となり、
  宇宙の年齢は 137.96±0.58億年
  温度は 2.725K、
  組成は、 バリオン4.81%、
    ダークマター25.7%、
    ダークエネルギーが69.3±1.9%、
  ハッブル定数は 67.15±1.2(km/s)/Mpc
などとなっている。
PLANCK計画のロゴマーク(出典:ESA)
 Mpc(mega parsec メガパーセク)は約326万光年の距離であり、このハッブル定数の観測値は、地球から326万光年の距離にある天体がハッブルの法則によって地球から遠ざかる速度が、毎秒67.15kmという意味である。
 プランク衛星の観測結果から、2013年以降、宇宙の年齢は137億年から138億年に訂正された。出版物の表題から発行年代が分かる。 現在は観測衛星、探査機の運用は終了しているが、気球や電波望遠鏡による地上からのCMBの観測実験が続けられている。

これまでは、米国や欧州が中心になってCMBの観測が行われてきたが、日本の研究機関でも研究が進められている。
KEKは、高エネルギーの研究機関であるが、チリ・アタカマ高地での「POLAR BEAR 実験」を推進、インフレーション理論の検証を行うことを目的として宇宙マイクロ波背景放射偏光の精密測定を計画している。
現在計画中のLiteBIRDは、インフレーション期(宇宙誕生約10-38秒後)に生成された原始重力波の探索を行う衛星であり、CMB偏光の全天精密観測を行ってインフレーションモデルの検証を目指している。(JAXA、KEK、天文台、大学など)
日本の「すばる望遠鏡(国立天文台ハワイ観測所)」では、超広視野主焦点カメラを用いてダークマターの分布を探索しており、これによってダークエネルギーの研究を行っている。
(5)力の統一理論
 
 図にNASAが公表している宇宙のタイムラインを示す。探査機WMAPなどの研究成果を分かりやすく図にしたものが種々公開されており、NASAの白地図に日本語の解説を加えた。
 4次元の宇宙を2次元の図にしているため、横軸は時間、図の左側から右に向かって宇宙のタイムラインとなっており、膨張する宇宙の図は、各断面が、その時の3次元の空間の様子を表している。宇宙の歴史が138億年であるのに対して、初めのできごとは、10
-44〜10-11秒の時間に起こっているため、横軸は比例スケールになっていない。
 宇宙開闢後、極めて短い時間に分かれた4つの力の分岐の様子を図の下に示している。
 物理学は、「より簡潔に多くのことを説明しようとする学問」であり、できるだけ理論は少ない方がよい。理論の統一は、簡潔になるというだけでなく、科学技術を大きく進歩させる。古くは、マクスウェルによって電気力と磁力が統一され、現在ではひとつの電磁力として理解されている。場も電場と磁場が統一された「電磁場」として取り扱われるようになっており理論の統一には数々のメリットもある。
  宇宙には、これを支配する多くの種類の力があるように見えるが、これをできるだけ統一的に理解しようという研究が長く続けられている。20世紀になって、自然界には4つの力があると理解されるようになった。様々な種類の力が存在するように思われるが、「力=相互作用」を突き詰めて考えていくと基本的には4つにまとめられる。
原子核の崩壊などに関わる「弱い相互作用」と極めて近い距離にしか働かない核力などの「強い相互作用」は、感じ取ることができないため、日常の生活では「電磁力」と「重力」の二つしか実感できない。重力も、実際は、地球の重力以外には感じることができないため、身近な現象のほとんどが、電磁力(光子の交換による相互作用)を起源として説明することができる。
  図に示すように、4つの力は、もともとひとつの同じ力であったものが、宇宙が膨張して、温度が低下する(エネルギーが小さくなる)につれて分岐したものである。力を統一する理論の確立が進められているが、宇宙が始まったときの極めて大きなエネルギーの状態は宇宙のどこにもない。非常に高いエネルギー領域の研究が行われている。
  4つの力のうち、すでに、弱い相互作用と電磁力の2つの力は、スティーヴン・ワインバーグ(1933年〜、米国)、アブドゥス・サラム(1926〜1996年、英領インド、パキスタン)、シェルドン・グラショー(1932年〜、米国)の3人によって統一され、ワインバーグ=サラム理論(電弱統一理論)として完成した(1961年)。電弱理論を統一した3人にはノーベル物理学賞が授与された(1979年)。
 
 したがって、4つの力は統一によって理論的には3つの力(強い力、電弱力、重力)になっているが、一般的な理解としては、現在も4つの力として説明されるのが普通である。
 電場と磁場の統合(電磁場)は比較的理解が容易であるが、弱い相互作用と電磁力を統合した電弱力を理解するのは簡単ではない。
4つの力
相互作用 強さの比 到達距離
重力 100 無限大
電磁力 1036 無限大
弱い相互作用 1033 10-15m
強い相互作用 1038 10-17m
  極端に大きさが異なる重力を除く3つの力を統一しようというのが大統一理論(grand unification theory, GUT)である。シェルドン・グラショーらが、ゲージ理論を用いて全ての力を統一する大統一理論を提唱(1974年)し、多くの研究が行われているが、完成には至っていない。
  日本のカミオカンデは、いくつかの大統一理論の候補が予想する陽子崩壊の観測を目的として建設された(1983年)が、陽子崩壊は観測されなかったため、超対称性の概念を取り入れた新たな大統一理論が検討されるようになった。カミオカンデは、本来は、陽子崩壊観測装置であり、大統一理論の研究のための装置であるから、当初の目的は果たしていないが、陽子崩壊の観測のために他の粒子の影響をできるだけ排除するよう設計されていたため、偶然、超新星爆発による宇宙ニュートリノをとらえることとなり、ニュートリノ天文学の観測装置として、その存在が広く知られるようになった。
カミオカンデの次世代機スーパーカミオカンデでは、陽子崩壊とニュートリノ観測の両方を目的として、大気ニュートリノ振動の観測に成功したが、陽子崩壊は観測されていない。現在、ハイパーカミオカンデが計画されている(2025年稼動予定)。