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第103回 5章 ガスの化学、ガスの工学、ガスの化学工学と分離技術

 2019/02/19

  5−2 棚段蒸留塔
  5−2−3 気液平衡計算(棚段塔の蒸留計算)

(1)蒸留塔の段数計算(設計型の蒸留計算)
 蒸留塔の蒸留計算(段数計算)を行うマッケーブシール法(MaCabe-Thiele diagram)という図解法がある。これは蒸留工学の教科書に必ず出てくるよく知られている計算法であり、棚段蒸留の考え方を説明している。
 蒸留塔の操作条件と物質収支から得られる操作線(operating line)と呼ばれる2本の線を先ほどの気液平衡線(x-y線、平衡曲線)の上に描いて、所定の濃度を得るのに必要な段数を求める方法である。 図に代表的なマッケーブシール法による蒸留計算(段数計算)を示す。(気液平衡線がこのようなきれいな形をとらない特殊なものもある)
図解法
フィードの位置に原料(組成、状態)が供給され、濃縮部の物質収支式から得られる濃縮部操作線と回収部の物質収支式から得られる回収部操作線と気液平衡線を用いて階段状に各段の濃度を求める図解法である。
操作線を求める時に原料や製品の条件、蒸留塔の運転条件を与えるので、この図解法が得ようとする解は必要段数である。
線は、二つの操作線の交点の軌跡であり、原料の組成値から原料の気液の組成が求められるので、ここを出発点にして階段状に作図を行う。
線の傾きは、であり、図の例では気液二相 で原料が供給されている。
図−1 マッケーブ・シール法
   マッケーブシール法は、気液平衡線、操作線などを求めるのに少々手間がかかるが、具体的な演習問題を解くことによって蒸留の仕組みを体験できる。たとえば、製品を採取せずに蒸留を行うと、全還流条件(total reflux)となり操作線は対角線に等しくなり、目的の濃度を得るのに最小限必要な段数(最小理論段数)を得る。還流液量を減らし製品量を多くしていくと、分離可能限界の最小還流比を得る。
 設計条件や運転条件を変えると操作線や気液平衡線が変わるので、条件によってどのような蒸留塔となるのか、基本的なことを学ぶことができる。
逐次段計算
   しかし、このような図解法で蒸留計算を行うためには、途中で分離係数などの物性が変化しない、モル潜熱が等しく流量が途中で変化しない、などの仮定が必要であり、このような条件は、実際の空気分離の蒸留操作の条件とはかけ離れている。また、空気分離は、アルゴンを含む最低3成分系以上の多成分系であるため、この図解法は使えない。多成分の場合は、図解法と同じ考え方を用いた逐次段計算による蒸留計算(段数計算)が行われる。
 これは、原料、製品、還流液量やリボイル量などを決め、各段の気液平衡計算と物質収支を計算し、目的の製品組成が得られるまで計算を続け、必要な棚段蒸留塔の段数が求める方法である。この方法であれば2成分系に限らず計算ができる。
 しかし、通常は、目的の濃度に等しい製品の解が得られないので、近似値が得られるように、トライ&エラーの計算を行う必要があるが、このような解放では、正解があるとは限らない。むしろ正解は存在しないと考えた方がよい。段数は「整数」であるが、計算条件として与えた製品濃度にピタリと一致することはない。図の例では、塔頂部の組成が、階段状の作図とは一致しておらず、式が完全には成立しておらず、「正解に近い」だけのことである。
 段数計算は、操作線を得るために、先に原料と製品の仕様を与えて、計算によって必要な段数を求めるという方法であり、数学的にも工学的にも無理な方法である。しかし、計算量が比較的少ないため、電卓や計算機の入手が困難な時代(50年ほど前まで)は主要な設計手法であった。
(2)操作型の蒸留計算
  段数を求める計算では、1回では正解が得られず作業効率がよくない、高い精度が得られないなどの問題があり、1970年頃からは、先に段数を決めておいて、製品の組成を求めるという操作型の蒸留計算が行われるようになった。
現在の言葉では、「シミュレーションによる設計」ということになる。先に設計を行って(段数を決めて)蒸留計算を行うため、計算結果が目的の製品にならない場合は、設計条件や操作条件を変えて再度計算を行うことになるが、収支式は成立しているので、逐次段計算のようにつじつまが合わないということはない。逐次段計算は各段ごとに計算を続けていくため変数の数がわずかで済むため計算機のようなものがなくても計算ができたが、操作型の計算では蒸留塔全体で連立方程式を解かなければならないため、変数が増えてしまい計算機が必要になった。ただし、多いとは言っても変数の数は高々数100程度なので2000年頃のパーソナルコンピュータで十分に計算ができる。(1970年代の大型電算機のメモリーはMBオーダー、2010年代のパソコンのメモリーはGBオーダー)
 
 図2に棚段蒸留塔の気液平衡計算の概略を示す。流量はV(上昇蒸気)とL(流下液)で表わしている。棚段蒸留塔は、このように着目する段と前後の段の3つ段の変数を用いて、各段の平衡フラッシュ計算と物質収支、熱収支を代数方程式として記述することができる。
 添え字のは段数で、通常は塔頂から順番に一つずつ数える。添え字のは、組成の成分で、通常は低沸成分の方から標準沸点が高くなる方に向かって順に数える。
図−2 気液平衡計算(棚段蒸留塔)
  液体は、段目から段目に流下し、蒸気は、段目から段目に上昇する。この気液が段目の気液接触装置で十分に混合され、気液平衡となり、気液は液相と気相に分離され、液相は、段目へ、気相は、段目にそれぞれ送られる。同様の操作が続けて行われるのが棚段蒸留塔である。
図2に示すように、着目する段は、上下の段とだけ直接つながっているので、基本的に3段が1セットになって収支式が記述される。これを塔の段数分、繰り返えすことによって、蒸留塔全体が記述されるため、蒸留計算の基礎式は、(基本的には)対角3要素の係数行列を持つ行列式(3項方程式)として示すことができるため、「トリダイアゴナル法」と呼ばれる。
逐次段計算であれば、数個の変数で次々に計算(いわゆる手計算)をすることができるが、各段を記述する連立方程式では、対角要素だけでも、同時に数百以上の変数を取り扱うことになる。操作型の蒸留計算は、逐次段計算による段数計算型の蒸留計算に比べて、はるかに精度が高く、計算の効率も高いため、計算機の発達に伴って主流となっていった。
50年ほど前までは、大学の計算機センターなどに設置された大型計算機が必要であったため、国内のプラントメーカーでは、空気分離プロセスが必要とする精度の高い計算は難しく、逐次段計算で求めた結果をもとに経験(実績データ)をもとにしたエンジニアリングを行うことが多かったが、コンピュータの発達によって、連立方程式を解くという作業が非常に手軽になり、操作型計算が主流になった。
(3)深冷空気分離装置の棚段蒸留塔
 
 図3に棚段蒸留塔の模式図を示す。 蒸留塔は100Kほどの温度で運転されるため、通常は、外部からの熱ロス(浸入熱)を防ぐために断熱材で覆われている。
 棚段蒸留塔には、トレイ(tray)またはプレート(plate)と呼ばれる段(stage)があり、ここで気液が接触し気液平衡となる。
 トレイは皿であるが、相当する適当な日本語がないため、「トレイ」または「トレー」とカタカナで表記される。(一部のメーカーが使っていた蒸留板、精留板、蒸留皿などの用語は、正式な化学工学の事典にはない)
図−3
 
図4に簡単な棚段蒸留塔の構造を示す。気液の流動様式はいくつかあるが、これは、液体が内塔のまわりを通ってトレイ上をまわりながら次の段へと流下していく「サーキュラーフロー・トレイ型」のもので、比較的、小型の蒸留塔に用いられる。
 この方式の蒸留塔は、「内塔」部分がデッドボリュームになり、面積効率がよくないため大型の蒸留塔(蒸留塔の直径が3〜4m以上)では、内塔を使わずに、液体のパスを直線状に配置した「直行流型トレイ」が使用される。メーカーでは、蒸留塔の直径を「塔径」と呼び、空気分離装置の塔径は、1m以下(希ガスの濃縮用など)のものから、大きなものでは5m程度(大型装置の低圧塔など)のものまである。
図−4
 トレイ上の流れや移動現象(物質移動、熱交換)の取扱いは、「トレイダイナミクス」と呼ばれ、空気分離に使用される蒸留塔も、昔から様々な研究や開発が行われてきたが、原料の組成が同じで製品もあまり変わらないこと、操作される温度や圧力がほぼ決まっていて極端な負荷の変動がないこと、蒸留塔内部が汚れることがないため経年劣化がないこと、などの理由から、トレイそのものの技術は確立しており、種類も多くはない。
空気分離装置用のトレイは、金属の板に無数の孔の空いた多孔板(たこうばん、perforated plate)で作られており、シーブトレイ(sieve tray)、シーブプレートとも呼ばれる。
 蒸留工学のテキストには、バブルキャップトレイ、各種バルブトレイをはじめ10種類を越える様々な型式のトレイが示されているが、深冷空気分離装置では、ほとんどが専用設計の多孔板である。
   トレイが専用設計となるのは、他の化成品と空気の物性が大きく異なるためであり、石油精製やその他の化学工業における蒸留塔と空気分離の蒸留塔は相違点が多い。他の化学プラントの蒸留塔では取り扱う流体の種類が多様であるためトレイの型式が多い。
 たとえば、表面張力は、水-空気系の場合は、約73mN/m(20℃)、エタノールの場合は約23mN/mであるのに対して、液体窒素では、4〜8mN/m、液体酸素では、10〜15mN/mと空気系の方がかなり小さい。したがって、空気分離の場合はトレイの孔から直接液体が下の段に漏れる「ウィーピング現象」が起こりやすく、これによって蒸留の効率が著しく低下するため、これを防ぐために多孔板の孔の直径はかなり小さく設定されている。
 多孔板は、パーフォレイティド・プレートの名前の通り、針で金属板にパーフォレーション(切手のミシン目)を穿孔して製作されており、蒸留工学ハンドブック(1965年発行)には代表的な深冷空気分離装置用の多孔板では、孔の口径、0.9mm、孔のピッチ3.25mmと示されている。(実際に使用される多孔板は各メーカーの設計値なので公表されることはないが、教科書に示される値とは大きくは異ならないはずである)
  一方、上昇ガスがこの小さな孔を通過する時に圧力損失があり、上昇ガスの速度が過大であると、トレイ上の液体が飛沫となって上の段に到達する「エントレインメント量(飛沫同伴量)」が多くなり効率が低下する。さらに速度が増すとトレイ上の液体や泡沫層が上の段との段間を埋めてしまう「トレイ・フラッディング現象」を起こし蒸留塔の運転ができなくなる。
  トレイ上の気液接触様式は、基本的に「泡立ち」であるが、組成、物性、負荷によって、バブル、フロス、フォームなど様々な「泡」があり、効率や運転操作範囲に影響する。
したがって、孔の数(孔と孔の距離やピッチ、孔の配列)や板材の配置、開口率などが、ウィーピング現象、フラッディング現象、蒸留塔の効率、気液の負荷範囲、圧力損失などを考慮して決定される。
流下液は、ダウンカマーと呼ばれる管状あるいはダクト状の下降管を通って下の段に送られ、ダウンカマーの入口部には、トレイ上に一定の液体を溜めておくための堰(せき)が設けられる。蒸留塔のダウンカマーは、発電炉のダウンカマーのような配管群ではなく、耐圧性が必要のない蒸留塔内部構造物であり通常はトレイと同じ材質の金属板を板金加工して作られており、流下液を下のトレイに送ることと、上昇ガスがダウンカマーを通ってバイパスしないように液体シールをする役割を持つ。ダウンカマー部分は、上昇ガスの通過面積ではなく、気液接触部とならないため、面積が小さい方がよいが、あまり小さいとダウンカマー内の液柱が高くなり、液体が上のトレイ上にあふれるダウンカマー・フラッディングを起こすので、適切な形状・寸法の設計が行われる。
  トレイ上では垂直に上昇する気体と水平に流れる液体が、「十字流」に接触し気液平衡となるが、深冷空気分離装置の場合、トレイ上の液体の量(液深・えきしん)は非常に少なく、前述のハンドブックの例では液深6〜16mmで設計されている。これは1段当たりの濃度変化、温度変化(圧力変化)が小さく、気液平衡となるための気液接触時間を長くは必要としていないこと、組成によっては大きな泡沫層が発生しないため比較的フラッディング現象が起こりにくいことなど、空気分離の特性によるところが大きい。
 空気分離装置は、必要な段数が多いため、塔をあまり高くしないように、段間隔をできるだけ小さくし、1段当たりの圧力損失もできる限り小さくしたいという設計上の要請もあり、段間隔は非常に小さく、1mほどの高さの間に数段から10段前後のトレイが設置されている。その結果、蒸留塔などを格納する保冷箱(コールドボックス)の高さは、蒸留塔の配置の工夫もあって、ほぼ50m以下に納まっている。このように段間隔が小さいため、開放点検でトレイの間に人が立ち入ることはできないが、基本的に内部は汚れず、可動部もないので、製作後の蒸留塔の内部を洗浄したり分解したりすることはなく、トレイを交換することもない。
また、コールドボックス内に空気が入ると液体空気が発生し危険であるから、蒸留塔と内部の機器類、断熱材は常に乾燥した窒素ガスで封入されている。深冷空気分離装置の場合、経年劣化が起こるのは、コールドボックスの外側、常温で空気や湿気に曝されているところと可動部だけである。蒸留塔や熱交換器のようなコールドボックス内機器は、非常にクリーンで低温の状態に置かれるため、数十年にわたってほとんど劣化することがない。
  【空気の物性の注意点】
 最近、テレビの「科学バラエティ番組」にしばしば登場する「液体窒素」の取り扱いが心配である。沸騰している液体窒素の中に短時間手を入れるという乱暴なことをするシーンを見たことがある。あれで事故が起こっていない理由はいくつか考えられる。@液体窒素の比熱が(水に比べて)小さいこと A液体窒素と手の温度があまりにも異なるため、手の表面に蒸気膜が発生して伝熱が非常に悪くなっている(膜沸騰現象が起こっている)こと B手のひらに液体窒素が残っても、やはり温度差が大きいため蒸気膜が残り液滴が浮く、いわゆるライデンフロスト現象が起こるので少しの間は熱が伝わらない。
 しかし、上記のように液体窒素や液体空気は表面張力が非常に小さい。表面張力が小さいということは、隙間に入り込みやすいということであり、たとえば軍手のような布の繊維に触れた場合は「濡れ性」が高く、染み込みやすい。温度が大きく異なる間は蒸気膜に覆われているかも知れないが、すぐに冷却され皮膚に貼りつく可能性が高い。
 科学バラエティ番組で、液体窒素の熱容量、伝熱係数の変化(膜沸騰がおさまりクエンチングを起こすまでの時間)などを、綿密に計算をしてとは思えない。もし、液体窒素の物性や起こるであろう現象をきちんと計算をして安全な範囲を求めていたとしても、液体窒素の中に人の手を入れることが危険な行為であることに違いはない。番組の中では液体窒素そのものが飛び散るような場面も見られるが、いくら比熱が小さくても目に入れば大変な事故になる。なにより、液体窒素に手を入れるという行為から学べることは何もなく、これは科学の実験や勉強ではない。そもそも液体窒素の標準沸点は77Kもあり、常温に比べれば低温であるが、「究極の低温」からは大きくかけ離れおり、科学的には「そこそこの低温」である。温度が低いということを知る実験としては冷凍庫やドライアイスなどと何も変わらない。本当に科学的な「低温」を学ぶのであれば、やはり液体ヘリウムが必要である。
(4) より高度な蒸留計算
  マッケーブシール法のような図解法は、教育用のツールではあるが、実際の空気分離の蒸留計算には使えず、3成分系の逐次段計算もアルゴンの挙動を正しくつかむことはできないため、実際の設計では、操作型の蒸留計算が行われる。
方程式の解法も、単なる反復計算から多次元のニュートン法による数値計算へと収束計算の手法も進化していったが、少ない計算資源を駆使した、計算のテクニックやノウハウがあって、蒸留計算は非常に手間のかかるものであった。
後述するダブルカラム・プロセスやアルゴンを製造するプロセスでは、蒸留塔の中間部の配管接続位置や、熱交換器などの機器と蒸留塔の組み合わせなどのプロセスの変更があれば、その都度プログラムの改造や修正が必要となり、大きな労力を必要とした。特に、アルゴン蒸留塔を含む複数の蒸留塔による群塔計算は、解くべき行列式も複雑で高精度の計算は容易ではなかった。
  1990年代になって、計算機の性能が著しく向上し、プロセス計算用の方程式ソルバーが開発されたため、蒸留計算を取り巻く環境は大きく変わった。
信頼できる物性のパッケージと蒸留や伝熱の基本的な知見があれば、蒸留塔内部の物理モデルを数式化して、プロセスを組み立てれば、あとはコンピュータ(プロセスシミュレータ)が(半自動的に)方程式を解くようになり、設計者は、コンピュータの制約や解法テクニックなどに煩わされることなく、プロセス設計そのものに集中できるようになったのである。
現在のプロセス計算は、蒸留塔の気液平衡だけでなくトレイダイナミクスや、熱交換器などの周辺機器を数学モデルで記述、これらを組み合わせることによって、深冷空気分離装置全体の問題を同時に解くようになり、特に蒸留塔だけを切り離した計算もしなくなった。半世紀前であれば、蒸留計算法のテクニックが卒業論文や学位論文のテーマ、あるいは教科書の一章として取り上げられることも珍しくはなかったが、現在では「蒸留計算」という言葉も使われなくなっている。
  ただし、プロセス計算が簡単になったとは言え、深冷空気分離装置の蒸留塔の段数は多く、蒸留塔間の接続も複雑であり、製品中の不純物の量が非常に少ないため、高い計算精度が要求されるため、多くのノウハウが必要である。特に物性推算は設計の精度に大きく影響する重要データである。空気の物性と言えば、誰でも入手できるデータと思われるかも知れないが、高精度を保証する詳細な計算法は各プラントメーカーのノウハウであり重要な企業秘密のひとつである。純物質である酸素や窒素のデータはよく知られているが、混合物である空気の物性は組成に依存し、これを理論化し実用的にすることが非常に重要である。